私の読書遍歴

ある数学教授

平成十三年(二〇〇一)のある秋の夜、何か面白いテレビ番組でもやっていないかと思い、夕刊を広げて見たが、相変わらずつまらないバラエティー番組が眼につき、嫌になってその夜はそのまま寝てしまおうかと夕刊を投げ出そうとしたその時、NHKの教育テレビ欄にふと眼がいった。そこには人間講座「天才の栄光と挫折」という表題で、何かシリーズもののような番組が載っていた。

暫く待って時間が来たので、そのチャンネルに合わせて見て驚いた。講師がお茶の水女子大学の藤原正彦教授と出ていたが、その顔が実に作家の新田次郎に似ていたからである。それまで新田次郎の作品は読んだことがなかったが、山岳小説家として有名であり、顔写真はどこかで見て覚えていたのである。

その時テレビでは、南インドの魔術師、シュリニヴァーサ・ラマヌジャンの話をされていた。私にとっては初めて聞く人の名前である。

話によれば、彼はインドの天才数学者で、幼少の頃から異常な数値の記憶力があり、大学中退後、港湾局の経理部員として勤めるかたわら、独学で数学の研究を続け、後にイギリスの有名な数学者ハーディに認められ、一九一四年ケンブリッジ大学に奨学生として迎えられ、五年に亘り二十五の論文をヨーロッパ学術誌に発表。素数分布について「ラマヌジャンの予想」などの業績があるとのことであった。

彼は、数多くの新定理を発表するが、自ら証明することがなく、共同研究をしていたハーディにその証明を依頼していたということである。数学の世界では、如何に新しい定理や法則を発見しても、その証明がなされなければ、業績として認められないと言われている。

藤原教授のラマヌジャンの話は、その日を含め、二日に亘って放映されたが、南インドのあの貧困とバラモン教徒の中で、何故あのような天才的な数学者が生まれたのか、その環境、土壌、民族等々の話が中心であった。

私は明くる日、早速NHKの人間講座のテキストを買うべく、近所の本屋へ寄ってみたが、残念ながら、そこには置いていなかった。その時店主は、親切にも日本放送出版協会へ電話をしてくれ、在庫を確かめてくれたのだがやはり一冊も残っていないとの返事だった。