トーストにコーヒーと、いつもの朝食メニューを済ませたところで、バタンッ、と玄関の扉が勢いよく閉まる音がした。父(りょう)(へい)が夜の仕事から帰ってきたのだ。近所迷惑も考えずに、乱暴に扉を閉めるといった粗暴なふるまいは日常茶飯事。

「帰ったぞー」

無駄に声が大きい。わたしのいる居間のほうへふらふらと歩いてくる。朝っぱらからアルコール臭を漂わせていた。顔に出ないタイプなのでどれほどの量を飲んだのかはわからない。わたしは、父のような飲んだくれは嫌いだった。

「風呂は?」

「沸いてるよ」

帰宅してすぐ湯船に浸かるというのが、父の習慣だ。土木作業という仕事柄、無理もない。

父は

「うむ」

と言うと、確認するように経机を一瞥し、浴室へ向かった。廊下に着衣を脱ぎ散らしながら。その服をわたしは素早く拾い、洗濯機に入れる。ここまでがわたしの朝の任務だ。

風呂と洗濯。この二つだけはきちんとやらないと、ゲンコツが飛んでくる。幸い、父の食事作りは免除されている。いつだったか、手作りのカレーをふるまったところ、父は

「まずい」

と顔をしかめたからだ。それ以来、父は食事を外で済ませている。「まずい」という言葉はちょっぴりショックだったけれど。

浴室から父の鼻歌が聞こえてきた。何の歌かは不明だがゴキゲンのようである。わたしは嫌な予感がした。父が機嫌のいいときはきまって、ちょっとした不幸がわたしを襲う。

まさか……。急いで経机の引き出しを開け、確認する。そこにあるはずの母の遺影がなかった。

姉の死から一週間後、母は後を追うように自ら命を絶った。三十三歳という若さで。死因はリストカットによる出血性ショック死。わたしとしては、姉と母の遺影を一緒に並べたかったが、それを父が嫌った。

「母さんのは飾るな。思い出すからよー」と。

「お父さん!」

わたしはたまらず叫んだ。しかし、聞こえないのか返事がない。のんきな調子の鼻歌が続いている。わたしは小走りで浴室に向かった。

「お父さん!」

と浴室のドアを強く叩く。

「うるせーぞ」

「ないんだけど。お母さんの写真。どこにあるの?」

「捨てた」

信じられない。母の写真はあれが最後の一枚だったのに……。

わたしはふと、母から聞かされた父とのなれそめを思い出した。

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