コーヒーには砂糖もミルクも入っていなかった。そのほろ苦さがまた爽やかだった。

田島はそれをゆっくり一口味わい、意を決したようにカップを机の上に静かにもどした。

そして、あらためて山内大尉をまっすぐ見つめていった。

「士候等は、ついに決起することを決断しました……顔ぶれは大尉殿もご存知の、四十四期生の後藤くんや、中島くん等急進派の十名ほどですが」

山内大尉も、すでにそれを予知していたように頷き、手にしていたカップを机に置いていった。

「やはりそうか……あの、『青年将校の往くべき道』という名文を書いた士候もかな?」

その名文というのは、二カ月後の七月に卒業する四十四期生の松浦邁(まつうらつぐる)が先日書き上げたばかりの『現下青年将校の往くべき道』と題する一種の檄文(げきぶん)だった。

「軍服の聖衣を纏える農民の胸奥を知る者は独り青年将校のみ。我らは熱と誠心の初年兵教育に彼等の魂を攫み彼らの胸奥を知る。困窮に喘ぐ家郷を棄て黙々として君国のため献身する彼らの努力こそ、じつに血と涙の結晶なり、彼らの苦悩は我らのみ知れり。我らは軍服を纏える彼らの兄として彼らの深刻なる苦悩を代表す」という、その冒頭からして国家改造運動の原点をズバリ訴えるガリ版刷りの文書だった。

彼等青年将校の一部は、そうした類の文書を師団や連隊の枠を超えた横断的な同志の結束と振興をはかるためさかんに書き、半ば公然と流布し回覧していた。

それはまた、関東大震災を契機に凋落(ちょうらく)の一途をたどる日本経済の皺寄せをもろに被り、小学校にも満足に通えなかった女の子までが、家計を助けるため遊里に身を沈める、いわゆる「娘の身売り」などという悲惨な情況が日常化し、またそれを斡旋する看板が村役場の玄関に堂々と掲げられているという、疲弊した農村の不条理きわまりない実情を、毎年徴兵され入営してくる新兵たちから直接耳にし、同情すると同時に、兵士の八割強が農村出身者という農業国日本の軍隊の実情から、それを国防の根幹に関わる深刻な問題ととらえ、

「青年将校として切実に感じることはなにかというと、安心して国防の第一線に活躍することだ……そのためには、日本の国内の状態は明瞭に改造をようするのである……今日の兵の家庭は疲弊し(徴兵で)働き手を失った家が苦しむ状態ではどうして安心して戦争にゆけるか」と悲憤慷慨(ひふんこうがい)し、そうした秕政(ひせい)の元凶とみなしている政党政治の打倒が「国家改造」の第一歩であり、それを自らの使命と考えていたのだった。

「いえ、彼はまだそこまでは……しかし情況次第では」

「むう……で、その決行日も決まっているのかな?」

田島は小さく頷いた。

「今月の、十六日の月曜日です」

「十六日? 四十四期生が帰校するのは、たしか十四日の土曜日じゃなかったかな?」

と、大尉は怪訝(けげん)そうに訊きかえした。

「ええ、十三日の夕方に神戸港に着いて、翌十四日の正午ごろには帰校する予定です」

「だとすれば、またバカに慌(あわただ)しいはなしだが、何かその日でなければならないような特別な事情でもあるのかな?」

田島は唇を固く結び、言葉を選んでいるように一呼吸おいてからいった。

「その理由の一つには、卒業して散り散りになったら、寝食を共にしてきた同期の固い結束も緩んでしまうのではという、だれしもが経験する不安や焦りもありますが、大尉殿は、その十四日に、世界の喜劇王といわれるチャーリー・チャップリンが『日本政府の公式招待客』として来日することをご存知でしょうか?」

チャップリンの初来日が巷間(こうかん)まことしやかに囁(ささや)かれはじめてからはや数年、その名は今では一人映画ファンだけのものではなかった。

すでに八年前には、小説家の芥川龍之介(あくたがわりゅうのすけ)も『チャップリン』と題する一文を雑誌『改造』に発表していた。

また、チャップリンという耳新しいオノマトペのような響きと、芥川龍之介のいう「家鴨(あひる)歩き」で、夕陽の沈む荒野の一本道を何処へともなく去ってゆく『放浪者チャーリー』のペーソス溢れる後ろ姿は、幼い子供たちにも何かしら感銘をあたえ、無邪気に愛され親しまれていた。

が、いかに世界に冠たる名士とはいえ一民間人にすぎない彼を、国賓並みの「日本政府の公式招待客」としたのは、前年九月十八日に勃発した満州事変を、先の世界大戦後の激動する国際情勢と欧米列強国の権益拡大競争も絡んだ中国の政情不安を抜きにして、「アヘン戦争」同様の侵略戦争とみなして非難している欧米列強国との軋轢(あつれき)、わけてもアメリカとの険悪化する関係に苦慮している日本政府の、国際協調を重視する姿勢を多少なりともアピールするためのプロパガンダであり、それはまた犬養(いぬかい)首相の三男で秘書官でもある親米家の犬養健(たける)の発案によるものであった。

したがって官民一体となったその歓迎ムードはいやがうえにも盛り上がり、新聞各紙もチャップリンに関する記事を連日、競い合うように掲載していた。

「このところ、その名前が新聞に載っていない日はないといってもいいからな……しかし、そのチャップリンが士候等の決起と何か関係があるのかな?」

と、山内大尉はさらに怪訝そうに首を傾げた。

「それでは、チャップリンの政府主催の歓迎レセプションが、今月十六日の月曜日に首相官邸で行われることもご存知でしょうが……その時は、政府要人や財界の大物が多数列席するということです」

「なるほど、そこで秕政の元凶を一網打尽(いちもうだじん)にしようというわけか……むん、そういうことか。つまりきみは、それを阻止するため急遽(きゅうきょ)帰ってきたというわけだな。そうだろう? そんなテロリズムのようなことは、いや、まさしくテロそのものだが、幕末の世ではなし、そんな『桜田門外の変』のような時代錯誤の、近代化に逆行するような真似をするのは感心しないし、それに闇討ちのようなテロは、苟(いやしく)も帝国陸軍の将校たるべき者のすべきことではないからな」

と、一人合点して笑った山内大尉は、あらためてコーヒーカップを手にした。

が、田島は威儀を正すように背筋を伸ばして静かにいった。

「たしかに軍人が胸を張ってすべきことではないかもしれません。ですが、先の世界大戦の反省から世界平和を目的に『国際連盟』が発足して、日本も常任理事国として加盟し、かの『武士道』で国際的にも知られた新渡戸稲造(にとべいなぞう)博士が事務次長として数々の国際紛争の解決に貢献されました。

しかし、先進列強国は、アジアで唯一近代化を成し遂げ、彼等と肩を並べるまでになった我が国を、『白人にあらずんば人に非ず』といった傲慢な白人至上主義の国際秩序を根底から揺るがす国と警戒し、満州事変を中国に対する侵略戦争と非難し、国際連盟の名の下『リットン調査団』を満州に派遣するなど、日本は今や文字通り『四面楚歌』の情況です……そうした国際的にも行き詰まった今、帝国軍人の体面やプライドに拘っている時ではないと思います。

孫子は『兵は詭道(きどう)なり』と説いていますが、その詭道の極みともいえるテロは、現実を直視せず、いえ、あえて背を向けている事勿(ことなか)れ主義者や、口先ばかりの優柔不断な平和主義者から非難されることは間違いないでしょう。

ですが、歴史的な政変や改革に伴うそれは、今いわれた『桜田門外の変』はいうにおよばず、『大化の改新』の昔から、また、シーザーの暗殺など、古今東西を問わず枚挙にいとまのないほど繰り返されてきたことです。

たとえ非難されようと、弱肉強食の非情な国際社会で勝ち残るためには、是が非でも、明治維新にも匹敵する革命的な国家改造が必要不可欠であり、その『起爆剤』になればと考え、今回は私も、彼等と共に起(た)つ決意をいたしました。

理由はどうあれ、ここにきて大尉殿のご期待を裏切るような結果になってしまいますことは、また、これまでのご尽力を無にしてしまいますことは誠に心苦しく、心よりお詫びいたします」

「尽力というのは、陸士への転補(てんぽ)のことかな?」

「は……そればかりではありませんが」

と、田島は顔をくもらせた。

※本記事は、2019年4月刊行の書籍『泣いてチャップリン』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。