第一部 銀の画鋲

「本の虫カトリーヌ」

ミルクの配達人は、床をドンドン鳴らしてワルツさんを起こそうとする。

「じいさん、起きなよ。ミルクの瓶が割れっちゃったんだよ」

まったく、失礼な奴だ。ワルツさんは確かにじいさんだけど、他の奴がじいさんと呼ぶといやな気がする。

「なんだ、カトリーヌ、自分で割ったんだろう。今日はもう一本でいいから、そこに置いていきなさい」

よだれを拭きながらワルツさんはヨロヨロと肘掛椅子から立ち上がった。

「フーン、本がたくさんあるんだね」

これも読んだし、あれも読んだことがあるとミルクの配達人は小さな声でぶつぶつ言っている。

声は丸くて澄んでいる。

声と風貌がかけ離れている。

でも、眼差しだけは澄んだ声によく似ている。

「カトリーヌ、本が好きなのか」

「うん、時間がある時は本ばっかり読んでいる。でも、新しい本は買えないから、同じ本を繰り返し読むよ。そらで言えるほどね」

ミルクの配達人が扉を閉めると。ワルツさんは言った。

「リュシアン、カトリーヌは変わった子だな。わしは好きだが、お前はどうだ」

僕の笑う顔を見て馬鹿にする奴は、僕は許せない。許せないけど、嫌いじゃない。ミルク瓶の置き方と声だけで十分なんだな。人を気に入るのは。だから僕はワルツさんの足元にすり寄って、伸びをした。

「そうか、嫌いじゃないんだな」

ワルツさんはいつものように右目だけで笑った。

でも、僕はカトリーヌには懐かないよ、ワルツさん、と心の中で呟いた。