第3章 情報認知

18 〈抽象表現〉には「美しさ」が必要

美しいものは「よい」と認識される

抽象表現の魅力は思考と想像の喚起です。すべてをわかりやすく見せて理解させてしまうと、人は一度見ただけで満足してしまいます。 すべてを見せずに情報を省略して表現すると、人はすべて理解できなかったから、もう一度見てみようという気持ちになります。

しかし、情報を省略するだけでは人の想像力は生まれませんし、もう一度見てみようという気持ちにもなりません。想像させるには「美しさ」が必要なのです。

「美しさ」を感じるのは脳の眼窩前頭皮質だといわれています。この眼窩前頭皮質には「美しさ」と「よさ」の両方に反応する神経活動があります。

この影響により「美しいものはよいもの」と認識されるため、美しいものには興味や好意が発生します。興味や好意は思考を促し、想像力を膨らましやすい状態にしてくれるのです。

抽象性の高いアート系映像は、そのほとんどが美しさを備えています。これは美しいからアートなのではありません。抽象表現によって人の想像力をかきたてるには「美しさ」という要素が必要だから映像に美を求めるのです。

抽象表現(本質的要素)+美しさ=想像喚起

情緒を感じさせる

人の想像力を引き出すには美しい映像が必要です。ここでいう美しいとは単純に画質がよいという意味ではなく、情緒を感じさせる美しさです。

情緒とは「微妙な情動」を表す際に使う言葉です。情緒の表現は知識や経験よりも作り手の感性が大きく影響します。

感覚的カメラワーク

情緒はとても繊細な感覚ですから、言語化や法則化は困難です。情緒的な撮影は結局のところセンスあるカメラマンの感性に頼って自由に撮るのが一番だと思います。

ただ、ここで大事なのはカメラマンが情緒に対して深い理解があることです。この情緒を体で理解できていないカメラマンが自由に撮ったら、それはただの素人映像です。

味わいのある質感・色彩

情緒に必要な美しさとは解像度が高い、色深度が深い、ダイナミックレンジが広いなどのスペック的な面ではありません。雰囲気を重視した味わいのある色味やノイズ感が人の想像力をかきたてます

最新のカメラよりも、フィルムで撮影した画質のわるい映像のほうが味わいを感じさせるのです。

そのため、一流のシネマトグラファーは画質よりもフィルムライクな質感にこだわる傾向があります。

ナチュラル演出

情緒の表現において過度な演出は禁物です。具体表現における演出が旨味成分たっぷりのソースをかけることだとしたら、抽象表現における演出は素材の味を生かすために塩を少々ふりかけるようなものです。

誇張した演出は素材の味を殺してしまうため、極力雰囲気を生かしたナチュラルな演出が情緒を感じさせます。

ただし、調味料がいらないほど素材の味がよいというのが絶対条件です。

※本記事は、2020年5月刊行の書籍『伝わる映像 感情を揺さぶる映像表現のしくみ』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。