喜歌劇『クローディアスなのか、ガートルードなのか』

登場人物

クローディアス … 先王の弟、後にデンマーク国王
ガートルード …… デンマーク王妃、ハムレットの母
ポローニアス …… 内大臣
ハムレット ……… 先王の息子、デンマーク王子
女官長
執事
肉屋
肉屋の女房
パン屋
酒屋
酒屋の女房
大工
鍛冶屋
伝令

デンマーク・エルシノア城内および城下での出来事。

舞台の平面(平舞台)に二段重なる様式の馬蹄形三層の舞台装置。

上舞台と中舞台の両端は「廊下」となって上手・下手袖まで伸びている。

上舞台には左右対称的に二本の柱が立っている。

上舞台中央奥に、国王・王妃登退場のための階段が設置されているが、客席からは見えない。

場面設定として、テーブル・椅子・ソファなど小道具を用いる場合もあるが、原則的には何もない空間である。

第一幕

第六場 ポローニアスの部屋

テーマ音楽。

軍楽隊の響きが遠くに聞こえている。中舞台が明るくなる。一週間後の午後。

執事が手にしたメモを見やりながら報告をしている。

ポローニアスが椅子に腰かけそれを聞いている。

執事: ……肉、野菜、バター、チーズなど料理の材料および苺、オレンジ、メロンなど果物も揃いました。あ、それに、パン屋が取り急ぎ五十本届けに参りましたが――
ポローニアス: 五十本? 陛下をはじめ、王族、貴族、廷臣が一堂に会する晩餐だぞ、足りないではないか!
執事: はい、残りの五十本は、明日、王様のご帰還に合わせて焼き立てを献上するとのことです。
ポローニアス: 酒はどうした、陛下御愛飲の酒こそ肝心だぞ。
執事: 承知しております。お好みの銘柄を五十本、酒屋がワイン庫に納めましてございます。突然の注文なので、城下の酒屋すべてを回りかき集めたとのこと。
ポローニアス: (椅子から立ち上がって)さようか、ご苦労であった。なにしろ伝令が駆け付けたのが昨日、明日にはご帰還、という慌ただしさだからな。あ、そうそう、今日のクローディアス殿下のご様子は、いかがだった? 「陛下ご帰還とその後のこと」をすぐさまお伝えに上がった昨日は、一瞬沈黙され、「分かった」と一言だけおっしゃったきり。わしがお貸ししたトランプを取り出して――
執事: それです。ノックしてお部屋に入ると、殿下はテーブルにトランプの札を並べられ、遊んでおられました。お持ちした紅茶とお菓子を受け取られると、「スペードのキング、私のお気に入りだ」と笑われて――
ポローニアス: そうか、笑われたか……ご機嫌はよかったのだな。取り越し苦労だったかもしれん。はっはっは……。
執事: 閣下、お聞かせください。「その後のこと」とはどのようなことで……
ポローニアス: その後のこと?
執事: 陛下ご帰還の「その後のこと」でございます。
ポローニアス: う~ん……。まず、陛下がご帰還になり、その後、陛下より城内の者一同にお触れが出る。
執事: いや、閣下、その「その後」ではなく、「その後のこと」。一同へのお触れの中身でございます。

女官長が上手奥から現われ、ポローニアスの前で一礼する。 

女官長: ポローニアス閣下、遅くなりました。
ポローニアス: おお、女官長、待っていたぞ。で、今日の王妃様のご様子はいかがだった?
女官長: はい。ノックしてお部屋に入りますと、王妃様は花瓶に挿した花を眺めておられました。お持ちした紅茶とお菓子を受け取られると、「花言葉は、貞淑で忠実なスミレなの」と微笑まれて――
ポローニアス: そうか、微笑まれたか……王妃様もご機嫌はよかったのだ。はっはっは……。
執事: ポローニアス閣下、お聞かせください、「その後のこと」を。国王陛下ご帰還後の「お触れの中身」を!
ポローニアス: (はぐらかすように、舞台前へ)う~ん、それは秘密なのじゃ。陛下自らがお触れを出されるまではな。