第1章  キアテック心体論

1 気のアートテクニック=キアテック

尾骨息填法の活用

尾骨息填法は、人間関係がうまくいかない場合にも役立ちます。人間関係は双方に問題があることが少なくありません。たとえば、お互いが自分の正しさの主張をしているときは思いのはけ口が互いの負の連鎖により、拮抗した関係といえます。

これは正しさの主張の認識としての体験、経験、知識の情報量のタイムラグがあるためです。それをうまくいかせるには初めに「ありがとう」を心の中で唱えてから物事を進めるようにします。

相手からの嫌な言動を反芻(はんすう)し、何度も繰り返して言い続けないことです。それが仕事中に頭をよぎっても意に介さず、呼吸は尾骨息填法に気持ちを向けます。

こうすることで頭をよぎった嫌なことも和らぎ、気持ちの切り替えとなって過去意識にとらわれた心から今の現在意識に集中することができて、次第にイライラする気持ちや違和感が和らぎ消えていきます。

何もかもが信じられないという気持ちになり裏切られた、嘘をつかれたと思い込み、疑念の思いを抱いて、自分をも信じられなくなることもあります。呼吸は生きている証しであると同時に、天に生かされている証しでもあります。

尾骨息填法は生きている証しと、自分を再び信じていくきっかけを作り、自分の存在と価値を再認識させてくれる方法となり得るのです。

好転反応

キアテック治療の後、好転反応が出ることがあります。好転反応とは気の注入により体の細胞が活性化し、体の関節や血管に長年蓄積された老廃物が動きだすために症状が一時的に強く反応し、既往症の細胞も動き出し、新たに痛みを感じることをいいます。

細胞の新陳代謝が促進され、部分的な代謝異常による退化した細胞が動くことにより症状が出やすくなります。自然治癒力とは誰もが持っている自らを自然に治す力のことを言いますが、忘れている既往症を自らの自然治癒力だけで治すのは難しいのです。

痛みやしびれなどの症状は神経の圧迫や血管が細くなっているためで、再び正常になるまでにはある程度の期間が必要となります。

症状が再発しないようにするためには、全身と部分的な症状に対して最初の頃は繰り返し細胞へ気のエネルギーを補充することが大切です。症状が改善した後も、自然治癒力をキープするための定期的な気の充填が生活習慣病などの未病にもつながります。

心気体

スポーツ界などでよく使われる言葉に「心技体」という言葉があります。心は精神力、技は技術、体は体力の意味です。心と体をつなぐのは気力であり「心気体」という言葉でも表せられます。

たとえば心技体の技、技術を磨くためには技術を考えて一つ一つ磨いても、指揮する指揮者の役割を担う気の智恵の集合体(俯瞰力〈ふかんりょく〉)がなければ技術は一つにまとまり得ないのです。

未来意識がある腹腔を意節(いせつ・意識の節)といいます。気付き、直感、閃きを意想(いそう)、腹腔に意識が下りた有事即応の状態を空無(くうむ)といい、普段から腹腔に気が下りている人を意節の人といいます。

技術は頭で思考し、気は腹腔に下ろして、腹腔意節(へそ下三寸の丹田を含めた腹腔の中間部分)で意想し練磨されていきます。丹田である丹識は気が宿る魂の智恵であり、その魂の智恵(いわゆる気付き)を信じていかなければ技術は伴いません。技術は心気体という気の智恵の感性によって磨かれていくのです。

※意節(いせつ)、意想(いそう)の言葉は私の造語です。

閃きの理

患者さまを治療して良い結果が出たと感じた閃きを利用して次の臨床において同じような結果を求めても、結果が出なければ再現性がないことになり、再び閃きを待たなくてはなりません。

閃きが次につながる閃きであってもそれが単なる通過点にしかすぎないということは、臨床という再現性の追証の確認をしていかなければ分かりません。目標へ到達するためには、気付きという直感の閃きがなければ到達できないのです。

したがって、人の意見を聞いて、それに頼り過ぎるならば、天からの閃きを得られなくなるのと同じことになります。このことは私が自分の目標に閃きのみで到達できたからこそ分かる「閃きの理」です。

※本記事は、2020年2月刊行の書籍『永遠快気の生き方』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。