また、別のマクドナルドの専門家はこの700件という数字について、同社が提供する年間約十億杯のコーヒーの数(10年間では100億杯)に比べれば「統計的に取るに足らない(Statistically Insignificant)」と証言しました。

マクドナルドの品質管理担当重役は700件という数値はむしろ喜ばしいとさえ言いました。実際にはもっと高い数字になると思っていたからだというのです。

1994年8月、陪審員は評決に達しました。リーベックさんに補償的損害賠償の16万ドル(2080万円)に加え、「懲罰的損害賠償」として270万ドル(3億5100万円)を与えるという内容でした。

270万ドル(3億5100万円)とはマクドナルド社の2日分のコーヒーの収入にあたります。マクドナルド社を罰し、同じ様な問題ある行為を抑止するためにはこのくらい高額でなければならないと陪審員は判断したわけです(最終的には裁判長は「懲罰的損害賠償」を48万ドル(6240万円)に減額して計64万ドル(8320万円)を提示し、さらに判決後の和解協議を命じました。両者は60万ドル(7800万円)未満で和解したとされていますが、金額は非公開です)。

コーヒーを熱くしてやけどの事故が起こる可能性を知りながら対策を採らず、実際に起きた700件の事故についても「取るに足らない」としたマクドナルド社の「悪質」な姿勢が罰せられた。これがこの事件の真相です。

この後、マクドナルド社をはじめ業界全体でコーヒーの温度に注意を払うようになり、カップにはひと目でわかるよう警告文が書かれるようになりました。

一人の女性が起こした訴訟によって、企業の「悪質な行為」が正され、社会全体にも影響を与えました。この事件は、米国がめざす「不法行為を防止するための市民参加によるシステム」がうまく働いたまぎれもない成功例でした。ちなみにリーベックさんはその後も体調は回復せず、受け取った全額を治療や住み込みの看護師のために使ったと言われています。

※本記事は、2022年10月刊行の書籍『司法の国際化と日本』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。