筋萎縮性側索硬化症患者の介護記録――踏み切った在宅介護

(一)なかなか見つからない在宅介護の出来る家

面会に行った病室で、娘が「お母さん、チャプレンがいつ退院するのかってお父さんに聞きに来たんですって」と私の顔を見るなり一気にまくし立てるのです。

カリカリと怒っている娘の様子が手に取るように判ります。この一言ほど私に衝撃を与えたことは近年にありませんでした。『ブルータスよ、お前もか』ではありませんが(神の御心の伝道者としてのチャプレンまでもが……)と私の胸がキュッと痛くなりました。

いつまでも、急性期緊急病院に、病名も確定しており、かつ治癒見込みもない難病患者がお世話になっているわけにもいかないので、なんとかしなくてはと思いつつも、一向に見つからない退院先なのです。

毎日病院に見舞う度に(ごめんね。今子供たちと三人で一生懸命探しているからもう少し待っていてね)と心の中で夫に謝りつつ、病院にもご無理をお願いしているのでした。毎日毎日、娘も娘婿も、仕事の最中も、心の中に『在宅介護』の文字を抱きながら、不動産情報誌を見たり、不動産屋の看板を眺めているのでした。

娘などウォーキングの途中で、夜電気が点いていない家があると空き家ではないかと思い、その地番を知るために家の廻りをウロウロしていて犬に吠えられたり、ご近所の方から不審者とみられ、怪しまれて後をつけられたりしたこともあったというほどです。

何しろわれわれ家族は、よその県からの移入者であり、日頃は仕事に追われ、ましてや今はマンション住まいの身であるので、ご近所とのお付き合いは無いに等しいのです。辛うじてエレベーターでお会いする方々とご挨拶を交わす程度というところなのです。

一時は、この夫の病室へのチャプレンの来訪の話を聞いて、神の御使いまでもが……と複雑な気分になったわれわれ家族ではありましたが、結果的にはこの方の言葉が契機となり、すべてに優先して家探しに没頭できたということになったのです。この背水の陣の構えが良い物件を見つける緒となったのです。これが本当の神の思し召しということでしょうか。

子供たち夫婦は仕事の関係上利便性のある地のマンションに事務所を置いています。娘はそのマンションに入院中の夫を連れて帰れる空きがあればと思い、持ち主を訪ね歩いていたのです。

企業の物件として、従業員厚生施設として持っておられる所もあるので、その持ち主を隣市にまでもお訪ねしました。また、近隣の不動産屋にも物件探しに出かけました。たまたま子供たちが自営業であったので、幸い時間はかなりフレキシブルに取れはしましたが、それでもなかなか大変なことでした。

またこの経緯を闘病中の夫の耳には入れたくないと隠密裏にことを運んでいたのですが、今度のチャプレンの言葉から夫本人に判ってしまうと、もう隠してはおけないことになってしまったのです。