【前回の記事を読む】下戸の山本五十六…お酌をかわすために用意した「特別の酒」とは

第一部酒編

三人の海軍大将

次に三人目の大将井上成美。海軍最後の大将となった井上はどうであったか。結論から言えば、井上は下戸組。

いよいよ敗戦も濃厚となった昭和十九年七月、鈴木貫太郎内閣の海軍大臣に就いた米内は、このとき血圧が二百五十にもなろうという高血圧症を病んでおり、いつ倒れても不思議でないと医者から言われていた。自分の体調のことをよく知っていた米内は、固辞する井上を説得して海軍次官に抜擢している。自分亡き後の海軍と日本の行く末を井上に託したのだ。

井上はまかり間違えれば、命を落としかねない終戦への道を探る大仕事に没頭することになる。それから一年後の八月十五日、何とか終戦にこぎつけることができたのは、米内と井上の命を惜しまぬ働きがあったればこそということを、まず先に書いておきたいと思います。

さて当時の政治向きの話はこのくらいにして、本著の本題「酒」にまつわる話に戻ります。『井上成美』には、井上が海軍兵学校の校長を務めたとき(昭和十七年十月)の逸話が書かれています。

井上の誕生日に、兵学校の各科長クラスの主だった教官二十人ばかりを招いて酒食の会(誕生会)を持ったとき(正確には酒宴後のこと)の描写からは、井上の厳格な性格と飲酒についての考え方も推し測ることができてひじょうに興味深い。

井上の前任の校長であった草加任一中将(当時)は、若い教官の歓送迎会が終わったあとなど、二次会へ誘えば、騒々しい酔いにまかせた席へひょうひょうと現れ、

「おっ、お前新婚だったか。どんなケーエー(当時の海軍で夫人を指す隠語)貰ったか俺に拝ませろ」

などと、平気で部下の新婚家庭へ押しかけて、そのまま酔いつぶれて寝てしまったという実に人間味あふれる御仁。その草加と井上が対比して書かれてあって、ひじょうに面白い。