【前回の記事を読む】【小説】荷物を受け取りたがらない?届け先の女性のとんでもない言い分に思わずイラっ


空っ風の吹き抜ける二階の渡り廊下。手摺りの下には落ち葉が吹き溜まる寒々しい通路で、ぼくはサインをもらえずに立ち尽くしているのだ。いつまでこんな無駄なやりとりが続くのだろう。もしかするとこの女は、ぼくを立たせ続けることに愉悦を見出しているのかもしれない。ついにそんな住人に遭遇してしまったのだろうか? ごく稀に存在するというモンスター住人に。

荷物を一個配って百四十円。そのために泣きの演技すらかまして、女にサインをもらわなければならないのだろうか?とにかくもう我慢ができない。相手の姿も見えず、向こうはカメラを通じてぼくの困惑する様をとっくりと見物しているこの状況に。ドアの蝶番側の壁に背中をへばり付かせて、ぼくはカメラの死角に身を隠した。

変に熱くなっている自分がみっともなくもあるが、挑発しているのは紛れもなく向こう。勝負だ、女。

「ねえ、どこ行ったの? 帰っちゃったのォ? 荷物配りもしないで、そんなことしていいわけェ?」

インターホンのスピーカーから女の声がしているが、何も応えない。さあ、おびき寄せられてこっちに来い。まもなく、カチャリ、と鍵が開く音が鳴り、そうっとドアが開かれる。この瞬間を待っていた! 素早くぼくはドアノブを鷲掴み、強引に開け放ってやる。この勝負オレの勝ちだ! とばかりに。

ドアノブを握っていたため、「おわっ」と声を上げて女が廊下に飛び出てきた。ついに姿を現したか、コソ泥召し捕ったり! そんな気持ちで「サインくださ......」と朗らかに言い掛けて、ぼくの目は点になる。

バ、バイキンマンが現れた。正確には、バイキンマンのお面を被った女が現れたのだ。タイトなブルージーンズ、タイトな白いセーター、長い髪、姿形だけを取ればグッと来るようないい女が、角を生やし、大きい歯を剥き出しにして笑う紫色のバイキンマンの顔面となって、こちらを見ている。いけないと思った。

やはりこの女、頭がおかしいのだ。驚いたり、笑ったりして、反応を見せてはいけない。そうしたらそこに乗っかって、

「はーひふーへほー」

コイツはバイキンマンそのものと化していよいよ傍若無人に振る舞ってくるだろう。ごく普通に、気付いていないかのように、サインをもらってさっさと帰るべきだ。