第三章 新任地

教授の仕事

実習の最後には毎回、学生を教授室に呼び入れて、コーヒーを飲みながら、「良医とはどんな医者か?」について議論し、命を預かる医者として、医師である前に人間としてどうあるべきかなど、論語を交えて話し聴かせていた。

真剣に自分と向き合って、人生訓を語ってくれる教授はそうそういないからか、親や友達にも言えない問題を相談に来る学生達もいた。梅澤の人柄にひかれリウマチ膠原病に興味を持って血液免疫内科を希望する研修医が徐々に増えていった。3カ月間ではあるが、毎回、多くの研修医が配属されてきた。教科書で学んだ病気を実際に患者を担当して、経験を積み重ねてゆくのである。

梅澤は、個々の病気の知識と経験に加え、患者の心に寄り添うことの大切さを学生に伝えたいと思っている。「病気に厳しく、患者に優しい医者であること」が梅澤のモットーである。

3カ月の研修の最後に、一人の研修医が血液免疫内科の印象について、

「大学の中で、トップと下との距離感が一番ないのが血液免疫内科だと思います」

と発言した。梅澤には、それが自由な雰囲気の講座であることの褒め言葉だと解っていた。しかし、一番若い澤木医師に、

「澤木、あんたの態度がでかいから、みてみろ、教授と大学院生の差が無いって言われたやんか」

と声をかけた。ひょうきんな澤木は、大きな声で

「すんません!」

と謝り、医局中に大きな笑いが湧き起こった。気兼ねなく意見が言い合える良い雰囲気が梅澤の講座にはあった。

外来診療

血液免疫内科の待ち合いは大勢の患者であふれかえっていた。電子カルテを立ち上げ、予約表をみながら、いつものように一人ずつ患者を呼び入れて診察を始めた。

患者は、1カ月か2カ月に一度の割で定期受診する。病状が安定している患者や遠方の患者は3カ月に一度の予約にしてある。患者は皆、関節リウマチや膠原病の難病患者である。病気の進行を心配したり、検査結果が悪くないかと不安な思いで待っている。その不安を梅澤は良く理解している。だから、極力明るく、そして力強く患者に接しなければならないと思っている。

診察の様子は医師ごとに違って十人十色である。その中でも、梅澤の診察はかなり異彩を放っている。彼の診察室からは絶えず患者の笑い声が漏れて来る。一人目の患者を呼び入れた。