【前回の記事を読む】睡魔に耐え夜更かしをする男…実家の自室で夜を明かす理由は…

第一章

1 七月三十日挑戦前夜

かつての私はよく夜中の散歩に出かけた。靴はいつも掃き出し窓の下に置いてあり、玄関を使用せず部屋から直接出入りしていたのである。そしてフェンスを乗り越えて、外の世界に飛び込むのだ。

当時のように、私は掃き出し窓の下に靴を置いておいた。それは当時のように部屋から直接出入りするためだ。これからしばしば夜中の散歩に出かける予定なので、玄関を使っていたら親に泥棒扱いされかねない。

寝るまでまだ時間があるので散歩にでも出かけたいところだが、さすがに夜中の三時過ぎに出歩くことはためらわれた。辛抱して漫画を読み続けるしかないが、その前に喉が渇いた。部屋を出て台所に行き、麦茶を飲んだ。居間で座椅子に腰掛けテレビを点ける。早くもテレビという暇つぶし機械に頼ってしまったが、面白そうな番組はない。

BSのテレビショッピングをぼんやり見ていたら、居間のドアが開いた。母だった。グレーのノースリーブに群青のハーフパンツといういでたちだが、でっぷりとして色気もへったくれもない。私を見ると、眠たそうな渋い目をしたまま、「まだ起きてるんかい?」としわがれた声で言った。

「なんか目がさえちゃってさ」

本当は眠いのに、私はそう答えた。

母は台所に行き、麦茶を飲むと、多少はしっかりした顔つきで居間に戻ってきた。用もないのにつっ立ってテレビを眺めていたかと思うと、「まあ、たまには夜更かしもいいやね」とつぶやいた。

「また仕事はじめたら、こんなことできないもんね」

「まあね」

母はまだ何か言いたいことでもあるのか、テレビを眺めていたが、ふあと出てきた欠伸が言葉を解体してしまったようで、「じゃあ母さん寝るから」と言い残し、居間から出ていった。