【前回の記事を読む】「死にゃあしねえよ」婦人科医の衝撃の言葉に悲しくも納得してしまったワケ

眠れぬ夜

私にはもう一つ、眠れないことを恐れる理由がある。それは、眠れない状態が続けば、ここしばらく落ち着いていた「めまい」が復活する気配があることだ。めまいが再燃すると自分自身の生活すら自立して行えなくなる。それだけは避けねばならない。

付け焼き刃とはわかりつつ、「不眠」の二文字をネット検索しどうすれば眠れるか、その対策を探し続けた。

規則正しい生活、昼間に適度な運動をする、コーヒー・お茶などのカフェインを含む刺激物は昼間に飲む、眠る前の1時間はパソコンやスマホを見ない、お風呂はぬるめのお湯にゆっくり浸かる、くよくよ悩まないなどなど、一般論の対策がネット上には山のように書かれてあることに驚いた。

足つぼ刺激、おやすみヨガ、ヒーリングミュージック、眠れない時に読む本、よく眠れるお茶などなど、不眠対策のレシピもパソコンからあふれ出てきそうなほど検索できた。

キーワードは「副交感神経(癒しの神経)」だった。まさにそのとおりと納得した。まさに私が抹殺し続けてきた「副交感神経」が、今日、私が眠るためには必要なものなのだ。副交感神経が蘇ってくれれば、今、私が苛まれている交感神経猛進の症状が緩和されるはずだ。そして眠りにつけるはずだ。

とにかく、何でもいいから眠りにつながる対策をやってみることにした。これだけ、たくさんの不眠対策のノウハウがあるんだから、きっと私を眠りに導いてくれるラッキーアイテムが見つかるはずだ。副交感神経を蘇らせて何とか眠りにつきたい。その一心で、毎日、ネット情報を頼りに一つ一つ、ありとあらゆることをやってみた。

カフェイン対策、眠る前のパソコンやスマホ対策、ぬるめのお風呂対策、足つぼ刺激対策、おやすみヨガ対策、癒しの音楽対策、これを読めば眠れる本対策、温かいミルク対策、眠れるお茶対策、眠れるマッサージ対策などなど、すべてやってみた。

結果、失望感と焦りと眠れぬ夜だけが日々、積み上がっていった。

でも「ローマは一日にして成らず」というではないか。睡眠も日々の生活習慣なのだから、単発的な対策ではなく睡眠を規則正しい生活習慣として位置づければ、徐々に交感神経優位の症状は消え去り、副交感神経も正常に働き出す、そしてきっと眠れるはずだと気持ちを切り替えることにした。

とにかく、毎日、決まった時間に寝ようと決めた。寝室は室温や湿度を整えた静かな環境にした。明かりを消して布団に入る。全身の力を抜いて目を閉じ、深い呼吸を繰り返す。5分くらい経っても眠気は一向に起こらない。そうしているうちに、頭の中で「また眠れないのかも」という思いが芽生える。

「だめ。だめ。そんなことを考えては。大丈夫。今日はきっと眠れるはず」と気を取り直して、もう一度、全身の力を抜いて深い呼吸を始める。やはり、眠気は一向に起こる気配がない。

仰臥(ぎょうが)()から横向きになってみたり、数字を数えてみたり、◎を書いた紙を天井に貼って凝視したり、無理にあくびを出して「眠い」と身体が錯覚してくれるように大きく口を開けて呼吸してみたり……。

悪戦苦闘の中、30分くらいが経過する頃、突然、「不眠不安」のスイッチが入る。

呼吸をする度に身体のジンジン感が増幅され、胸の重圧感と息苦しさまで感じる。「眠れない」という焦りが一気に心を支配する。そして寝室に()(たま)れなくなるほど、ジンジン感と息苦しさと胸の重圧感が増強する。まるで過呼吸発作のようだ。そして私は寝室を飛び出し、家族が寝静まった、たった一人の孤独な居間に身を置くことになるのだ。