そのドアは、古びたアパートによくある、なんの変哲もないくすんだアイボリー色のスチールドアだった。二〇三号室、二階に三戸あるうち渡り廊下のどん詰まりにある一室。初めて訪れる部屋だったけれど、いつもそうするように配達物のダンボール箱を小脇に抱え、ぼくはインターホンのボタンを押した。

カメラがこちらをぶしつけに覗いている。近頃主流となっているこのモニター付きのインターホンというやつが、ぼくはあまり好きではない。応答した住人に味気ない無表情を見せるわけにもいかず、唇だけとはいえ、愛想笑いを作るのが面倒なのだ。

しばらく待ってみたが応答はない。もう一度ボタンを押すと、ようやく、「はい」 

住人の第一声が、スピーカーから聞こえてきた。

ここまでは普通だったから、「宅配便ですけどォ」と姿の見えない相手に呼び掛けると、いつものような「あ、はーい」という返事ではなく、こんなのが来た。

「宅配便? あなたが?」

もしかしたら面倒くさい相手なのか? 不安がよぎる。声は若い女のもので、穏やかでありながら、どこか挑発的な響きもあった。宅配アルバイトの身とはいえ、ぼくには緑色の専用ジャンパーも貸与されているし、帽子も被っている。胸ポケットには、『配達ネコ』のトレードマーク。どう見ても『ムサシ運輸』の配達人だ。それなのに、「警察だ、出てきなさい」くらい効果がある「宅配便ですけどォ」に疑問を持たれては、この商売やってられない。  

仕事をスムーズに進めるに当たって最も重要なのが、宅配便という職業に対する信頼であって、それが通用しない相手というのは初めてだ。とにかく出てきてもらわないことには、何も始まらない。  

届け物のダンボール箱をカメラの前に掲げ、「ほら、あなた宛に荷物が届いてますよォ」

にこやかにアピールする。

「ニセモノじゃないの?」

コイツ、何者なのか? 宅配便一つ受け取るために、普通そこまでするか?