初めての添乗

八月中旬になった。いよいよ出発が迫ってきた。

真知子は、訪問先の都市の下調べに余念がない。前に訪れたところとはいえ、客の立場と添乗員では全く違う。年配の方のツアーではなく、英語が話せる学生たちが多いとはいうものの、こちらも現地ガイドがいなくても観光案内ができるくらいの知識は詰め込んでおかねばならない。市内地図もだいたい頭に入れてある。

学生時代から人前で話すことには慣れているので市内観光時に現地ガイドがつかなくても何とかこなす自信はあるが、他のことは初めての経験である。

ホテルとの交渉、空港での手続き、トラブルの解決方法など事細かに係長から教えてもらい知識としては頭に入っているものの、実際に現場で臨機応変に対応できるかどうか、不安が心をよぎる。

通常の添乗は、日本から顧客と一緒に出発し、帰国まで同行する。しかし今回は、七月からアメリカのカリフォルニア州とテキサス州で分散してホームステイをしている学生と現地で合流し、アメリカ国内数か所の都市を二週間旅行することになっている。集合場所のサンフランシスコには谷山と石井、ダラスには支店長と真知子が行く。

四人は東京から出発するが、それぞれ二人そろって同じ飛行機で行くわけではない。これは、万が一事故があったときでも一人は業務に就けるということも考慮してのことである。旅行社には、航空会社が用意する安いチケットが何枚かあるため、それを使って現地入りする。

真知子はロスの空港のホテルで一泊し、翌日ダラスへ入った。すでに支店長は到着し、真知子が来るのを待っていた。

「やあ、お疲れ様。今日の午後、遠隔地にホームステイしている学生が全員空港に到着したら、空港近くのホテルで一泊します。明日、空港でダラス近郊にホームステイしている学生と合流しシカゴに行く。いよいよ添乗開始だよ。よろしく頼みますよ」

「分かりました。こちらこそ、よろしくお願いいたします」

空港には、テキサス州で学生たちを受け入れたL団体の役員が集まり、テキサス州各地からダラスに集まってくる学生のチェックをしている。そろそろ最後の便が着く頃だ。

「さあ、オースチンからのフライトが着いたようだね。迎えに行こう」

「これが最後のフライトですね。全員そろったらバスに案内します」

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※本記事は、2021年12月刊行の書籍『白寿の記憶』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。