第一章 阿梅という少女

重綱さまには何人かの側室がいて、わたくしも人並みに嫉妬に苦しむことだってある。これで誰かが男子を出産でもしたら、気が狂うかも知れない。

「阿梅さんはここさ残るんでねすか?」

ということは、もう一人側室が増えるということなのだった。周囲にとってそれはもう既定の事実のようで、気づいていないのはわたくしと阿梅姉妹ぐらいだろう。だが阿梅にも近い将来、それが父左衛門佐どのの計画だと知る日が訪れる。

姉妹はそろって美貌だが、二人の印象はまるで違う。

阿梅の双眸の強い輝きと無駄のない、それでいて舞うような立居振舞には、ひとの目を惹きつけずにはおかない華やかさと強さがある。生まれながらにもつ品格とでも言うのだろうか、幼い中にもすでにして威厳があるのだ。

一方の阿菖蒲は、ふっくらとした頬に細く鼻筋がとおった端正な面差しである。阿梅は父親似で阿菖蒲は母親の大谷(おおたに)氏の血を濃く受け継いだのかも知れない。

「阿梅は父御と母御のどちらに似ていると言われていたのかしら?」

阿梅は驚いたように針を持った手を浮かせ、小さな小袖から目を上げた。

「父親によく似ていると言われていました」

悲しいことを思い出させてしまったと思ったが、阿梅は何事もなく針仕事に心を向けているように見えた。父と兄の最期も知っている。母と妹のあぐりが紀州で捕縛され、徳川に差し出されたこと、一命を助けられて京に暮らしていることも知っている。

さまざまに思いを巡らしているようではあるが、どんなときも背筋を伸ばし顔を上げている。目に入るすべてを見落とすことなく真摯に受け止めようという気迫が伝わってくるのだ。

わたくしは阿梅が泣く姿を一度も見たことがない。何の不安も悩みもないように快活に振る舞っているが、きっと他人の目の届かないところで、歯を食いしばって声を出さずに泣いているのではないか、とわたくしはひそかに想像する。

阿梅が男だったら、と左衛門佐どのはふと思うことがあったかも知れない。重綱さまの華々しい働きぶりに左衛門佐どのは阿梅を重ねたのだろう。二人の間に男子が生まれたならば、その子は真田左衛門佐幸村と片倉小十郎重綱の血を受けた、立派な武将になるにちがいない、と。