「元締さん。旦那様がお会いになるそうなので、お上がりください」

「ありがとよ」

と二人で奥に行った。勝手知ったる仲だった。が……いつからか? 不仲になっていた。

「勇吉。開けるよ」

「いいよ」

「いきなり来て悪いな。気を悪くしないでくんなぁ」

「それでなんの用だい」

「例の瘡毒の件なんだけどな」

「その話か。北は瘡毒を治さないよ」

「どうしてだい」

「金で買ってきた女郎に、命から二番目に大事なお宝をかけられないからだよ」

「治さないと、客が来なくなるぞ」

「そんな事ねぇよ。現に来ているからな」

「南は治しているから、それをお客が知れば瘡毒を持っている女郎など買いに来なくなるぞ」

「値下げの分は女郎に払わせりゃ済むことだ」

「そんなことしてたら、いつまで経っても年季が明けないぞ」

「そんな事、俺の知った事か。女郎なんてのはなぁ。使い捨てなんだよ」

「それはないだろう」

「女郎の卵など、田舎に買いにいけば野菜より、いくらでも安く買えるよ」

「それでは、人の道にはずれるでしょう」

と洞泉が聞いた。

「女郎に人の道などあるか。俺たちのために働くだけだよ。それで使いものにならなくなったら、捨てれば済む事さ」

「どうしても瘡毒を無くす気にはなりませんか」

「当たり前だ」

「それではお女郎さんが哀れじゃないですか」

「おめぇ~には関係ねぇだろ」

「それもそうですけど……」

「どうせ年季まで生きねぇんだからな。死んだらまた、田舎から連れてきて働かせれば済む事だよ」

「それではまた、瘡毒で死んでしまうじゃないですか」

「だから。ド田舎に行けば野菜と同じく、畑に種を蒔けば土の中から出てくるんだから、それを買いに行けば安く買えるんだよ」

「それじゃあ、あんまりですよ」

「金で売り買いする女郎に、人間の権利などあるか」

「分かった」

「なら、とっとと帰れ」

「いきなり来た俺が悪かった。少し頭を冷やしてから、もう一度考えてくれないか」

「やだね。絶対に瘡毒など治さないからな」

「先生帰りましょぅ」

「そうですね」

「おーい。疫病神と貧乏神のお帰りだ。至る所に塩をバラ撒いておけ」

「てめぇは死神のくせに、どうしようもねぇ奴だ」

と黒鉄屋はそう言い捨てて、南に戻った。

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※本記事は、2021年3月刊行の書籍『流れ星』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。