【前回の記事を読む】2才過ぎまで歩かなかった子…医師が「易々とは言えなかった」原因とは

第二条「形を求めすぎない」

考えないようになるクセ

B介くん(長男)は、小学校に入学した段階で、すでに極端に学力不振であった。

Bさんは教育熱心なので知育については、たいへん努力していた。だから、B介くんは小学校に入るまでは普通に話をするし、全く遊べないわけでもないので、幼稚園時代には、「おとなしい」「目立たない」「男の子の割には走り回らない子」というふうに、周囲から見られているだけだった。

しかし、実は、その子には重大な欠陥があったのである。

母親に行動を強制されたり、規制されたりすることが多いために、「考えない」というよりも、「考えられない」「考えないようになる」というようなクセが、強烈についてしまっていたのだ。

そういう心のクセが強烈についてしまうと、勉強ができなくなるのが当然である。

なぜなら、私たちは学習とは、主に「覚える事」が主体と思いやすいが、実は、人間は理解できないことは覚えられないのである。算数の簡単な足し算にしても、まず「数字の並び方」「一つずつふえるということ」などが分かっていないとできないのである。易しい漢字にしても、その読み方や意味が分かっていて、はじめて正確に覚えられるのだ。

そして、さらに自分が考えて取り込んだ事や、覚えたことに「自信」がないと、それを表現する事(答を書くこと)や、次の段階に進んでさらに知識を取り込もうとするエネルギーを出す事ができないのである。

「自信がある人」というのは、成人の場合何かをやりとげられた人である。社会的に認められたら自信のある人になるということではない。社会的に評価されていても、内奥(ないおう)は、「不安で、不安で…」という人も少なくない。

例えば、主婦が育児や家事に努力して目標をやりとげたとは言え、世の中は、あまり高い評価は与えないかもしれない。しかし、「自信がある」「なし」は、その人の心の問題だから、他者の評価とは関係なしに、意志的に生きて自分に満足するなら、その人は、とても自信のある人になれるのである。