資料館の駐車場には開館十五分前に着きました。

役場の隣なので役場と兼用になっています。役場と資料館の規模に反して広い敷地で、役場が休みのせいか私の車以外は見当たりません。この駐車場が満車になることは多分ないのだろうな、などと私は考えつつ車を停め、近くに喫茶店でもないか探しに回りました。

土曜日の町の中心部は平日とそう変わりない雰囲気です。人通りも車の往来も都会の雑踏とは天と地の差がありました。しかし赴任して一ヶ月も経つとその違いにも慣れてきました。人間の適応力や順応性は思っている以上に高いのでしょう。

交差点に面して小さな喫茶店がありました。

――憩いのひととき 珈琲ぱるる

夜になると点灯するのだろう電光掲示板に店の名前が書いてあります。木造りの入り口の扉を開けて私は店内に入りました。と同時に小型犬が二匹、キャンキャンと高い声で吠えながら勢いよく飛び出してきました。

「モカ! ブラック! こっちにおいで」

私の足元にじゃれつくようにまとわりつく犬たちを、店の主人らしき女性がキッチンカウンターから出てきて制しながら、「いらっしゃい。ごめんなさいね、うちの犬、お客さんが大好きなの。滅多に来ないものだから」と明るく声をかけてきました。

小さな犬たちはヨークシャーテリアとチワワのようです。子供の頃、家でも小型犬を飼っていたので犬種には多少の知識がありました。

「可愛いですね、喫茶店の看板犬らしいお名前で」

「嬉しいなぁ、気づいてくれて。死んだ亭主がつけたのよ。黒っぽいヨークシャーテリアがブラック、オスで五歳。チワワがモカで七歳のメス」

店主は人懐っこくさばさばとした人柄のようでした。

「どこでも好きな席に座ってくださいね。全部空いているから」

店主は豪快に笑い、

「ご注文は? 十一時までならモーニングもできますよ」

「ありがとうございます。朝食は済ませてきたのでコーヒーだけもらえますか」

「ミルクと砂糖は」

「ブラックでお願いします」

ヨークシャーテリアのブラックがワンワンと吠えました。

「自分の名前を呼ばれたと思っているんですよ。お客さんがブラックと言うといつもそうなの」

店主は愉快そうに言ってカウンターに戻りました。

※本記事は、2022年8月刊行の書籍『月光組曲』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。