15 期待

続々とフロアに人々が集まってくる。年齢条件をクリアしていれば、ドリンクもアルコールが入ったものを頼めるものだが、スグル達のバンド『Boketto』の年齢は、まだまだ18~19歳。ライヴをする前に、各々が、各々のなかで、気分が上がるドリンクを頼んだ。
こういうちょっとしたことに、面白味が隠されているものだから、きっと、その意志や想いを込めれば込めるほど、些細なことは、その姿や形を止揚(アウフヘーベン)させ、尊い儀式やイニシエーション(通過儀礼)となっていくのだろう。

ちなみに、スグルが頼んだのは、パイナップルジュースである。トリの前を務めることになった『Boketto』は、高々と乾杯した。

乾杯をしてメンバーと談話をしているさなか、スグルは、ふと、目をステージ側に向けると、あの子がいた。あの子もスグルに気付き、その場で手を振る、手を振ってくれている。スグルも、その場で、手をなんとも(おう)(よう)に振って、挨拶をするのだった。

16 乾杯

ジャンルとは、後から生まれた産物かもしれないが、意外にもシティポップなサウンドを最初のバンド『ロケットえんぴつ』は演奏してくれた。正直、上手かった。この日のライヴハウス『Blue Garden』のイベント『Chronicle』を成功させる予感があった。そんななかスグルはサヤカに、とうとう声をかけた。

「ありがとう。貴重な時間を割いてくれて」

「スグルに言われなくても、来てたよ」

「乾杯しよう」

「何それ、オレンジジュース?」

「パイナップルジュース」

「パイナップル?」

「うん? パイナップル」

「え?」

「あ?」

二人は、ほくそ笑んだ。握りしめていた手のなかには、少しばかり星のような、ほんのり(ほの)かな明るさがあった。

「やっぱり、あの……パイナップルジュースです」

「よし、いつも通りのスグルくん」

「ありがと……、緊張少し(ほぐ)れた」

「だって、顔が、ただ風に吹かれている頼りない葦のようだったもの」

「されど葦、されど」

「ふふっ」

二人は、再びざわつき始めているライヴハウスでグラスを鳴らしあった。それからスグルは、ほんの一口飲んで微笑んだあと、小さな楽屋に消えていった。サヤカは彼が消えていくさまを見届けながら、グラスに残るコーラを飲み干した。