いつもそこに

結婚前の24歳頃だったか、しこりに気づいた。その時は乳腺線維腫と言われ悪性ではなかった。自己診断だが乳腺線維腫はコロコロと乳房の中で動き回り「どこ行ったかな?」と探り出した。直太朗を出産し母乳で育て断乳をすると乳腺線維腫はなくなっていた。術後になって感じたことだが、ガンのしこりは硬い石のようで動かずいつも同じ場所にあり「ここだ」とすぐ分かった。

あるドラマで外科医が江戸時代にタイムスリップして花魁の乳房を診察し、ガンのことを「岩」と呼んでいた場面を見た時に妙に納得した。ガンは漢字にすると「癌」。手術直前の主治医の説明はケンさんも一緒に聞いてもらった。私の一番心配なのは麻酔であり真っ先に聞いた。

「部分切除では麻酔が効かなかったので、心配なんです」

「大丈夫です。寝ている間に終わりますからね。腫瘍と一緒にリンパ節も取ります」

リンパ節の説明を聞いた後にケンさんが質問をした。

「リンパ節とは?」

「リンパ節は関所のような物」

「関所のリンパ節を取ったら弊害はありませんか?」

「それはいい質問です。術後に一つ気をつけることがあります。この先、注射をする時にはできるだけ逆側の腕にしてください」

まるで医学生の気分で話を聞いた。インフルエンザの予防接種でも右腕を出すと多くの看護師から「左を手術したのですね」と声をかけられるので、医療現場では常識なのかと思う。

手術の麻酔はあっという間に効いて「1・2……」と声を出した記憶しかない。そして、とってもいい気持ちの夢を見ていた。花畑の中をフワフワと歩き、春のように暖かく気持ちの良い場所にいた。三途の川はなかったが、きっとこれが「あの世だ」と今でも思っている。

気持ち良く眠っている間にすべてが終わった。いつもそこにあった乳がんとさよならをして、あの世から現世に戻ってきた。麻酔が効いて痛いことは一つもなかった。

※本記事は、2022年11月刊行の書籍『おっぱいがウインクしてる』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。