「どしたの?」

亜矢が近づいてきた。

「まゆ実、ちょっと怖い」

「そう?」

親指を口元から離し、わたしはとっさに笑顔を作った。着替え終わったエリは、気まずい表情をしていた。だが、スポーツバッグを持って目の前を通り過ぎるとき、何事もなかったかのように平静を装い、話しかけてきた。

「実はドッキリで、みんなを驚かせようとしたんじゃないの? それならそうと早く言ってよね。マ・ユ・ミ」

声のトーンを上げて調子よく言うと、エリは先にいってしまった。ついさっき苗字で呼んだのに、もう下の名前に変わった。エリのほうがよっぽど気味が悪い。彼女とは友達になれないな。わたしは強くそう思った。

その日、わたしは練習に身が入らなかった。もちろんその原因は、千春の存在である。もっとも遊びがメインのゆる~いテニスサークルなので、今まで懸命に練習したことはないけれど。千春は初日ということで、コートの隅で見学していた。まだ正式に入会を認められたわけではない。ゆるいと言っても、ゆるいなりに素性を確認する。犯罪歴はないか、反社会的集団と関わりはないか。自己申告だが、一応、面接みたいなものがある。

「合格!」

イガラシ君の野太い声がコート中に響いたのはミーティングが終わってからわずか一分後だった。

「双子みたいでおもしれーじゃん」とろくに話も聞かずに。来る者は拒まず去る者は追わず。それが幹事イガラシ君のモットー。千春はその場で入会申込書に必要事項を記入すると、改めて自己紹介することになった。女性陣は思い出したようにくすくすと笑っている。

「伊藤千春です。よろしくお願いします。以上」

そう言った後、ペコリと頭を下げた。男子たちは「はい?」「それだけ?」と呆気にとられている。

女の子たちは「やっぱりね」と今度はげらげらと大声で笑い始めた。

この子ちょっと天然なのかな? それともウケ狙いでわざとやってる?

わたしはそう思わずにいられなかった。いずれにせよ皆の心をつかんでいるのは事実である。少し気味が悪い、という気持ちはあまり変わらないけれど、気にしたところで千春との関係は前に進まない。イガラシ君が言うように、これからは双子キャラの設定で仲良くしたほうが、人生楽しいのかもしれない。

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※本記事は、2022年10月刊行の書籍『第三のオンナ、』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。