売却の件で数回訪れている千葉の時や箱根旅行の時には気がつかなかったけど、今回は何やら手帳を開いて、読んだり書いたりしている母の姿を何度も見た。

千葉からの帰り道、

「お待たせ。」

「いいえ。」

コンビニでササッとタバコを買って運転席に戻った時に、母が開いていた手帳を「何を度々見てるのだろう?」と不思議に思ってチラ見すると、忘れないように大事と思うことをメモしていた。

・不動産屋に確認すること

・見積もりの金額は30~50万くらいと聞いている

・片付けの範囲を美恵が立ち会ってくれ確認

鼻がツンと、目がジワッと滲んだので、右に顔をそらした。私の

「ボケた?忘れたの?この話、何回目?」

の言葉が、プレッシャーになってしまってたんだね。

―忘れていくことを母も不安に思っているんだ―

気づいてあげられなくて、ごめんね。切なくて、胃が、心臓がズキズキうずいた。何でもない顔をして母を実家に送り届け、自宅に帰り、テディベアのように座椅子に腰掛けると、心が問い詰めてくる。

悔しいんだよね? まともに会話が成立しないことが寂しいんだよね? 会話を忘れられてしまうことが

【前回の記事を読む】【今だから言える親への「ありがとう」コンテスト大賞作】「お誕生日おめでとう、くたばれ。」娘から母に向けた、愛憎交じりの物語

※本記事は、刊行の書籍『母娘旅。』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。