『母娘旅。』

数年前から時々思ってはいたけど、母がどんどんボケ老人になってきた。母といると、本当にデジャブ。同じ話を何度も聞いてくるのだから。

「聞いてるの?」

またっすか。

「聞いてるの?」

「え? あ、独り言かと思ってた。」

こんな感じで、旅行中は何度も同じ話を繰り返すことに正直うんざりした。自分の生活が大変で日々を忙しく過ごすと、母と会うことも連絡を取ることさえあまりなくなる。だから普段会わない分、私も感覚が厳しくなってしまっているのかもしれない。せっかくの温泉旅行なのに、キツイ態度を取ってしまうことを反省しつつ、それでもイライラが収まらなかった。

「聞いてるの?」

「聞いてるよ!」

記憶の遠くの方で、どこか懐かしいように感じる言葉の響き。薄っすら、ぼんやりとした感覚が何なのか、この時の美恵はあまり気にとめなかった。母は昔から天然というか、ボケをかますようなところは多々散見されたから。実家の建て替えの時も壁紙選びで、「壁、トイレ、天丼、決定。」とかメモしてたし。天丼にクロス貼るんか。

そうそう、旅行とは別の話になるけど。数年前に亡くなった祖母・美都から母・美春が譲り受けた、千葉県に別荘……と呼ぶには躊躇うほどの小屋のような平屋の別そ……別宅がある。

夏前くらいから、「手放そうと思う」と母が言っていて、千葉の地元の不動産屋さんに手配をお願いしていることもあり、8月9月、と何度か千葉の別……別宅に足を運んでいる。庭の荒れた草木を綺麗にしなければ、ということで見積もりを取ってもらうなどをするためだ。

「いくらくらいになるかな?」

母といると、本気のデジャブ。自分が記憶違いをしているかのような錯覚すら覚える。

「だから、30~50万くらいはかかるだろうって言ってたよね?」

この会話を売却までするのかと思うと、自分の血管が欠陥になってしまう。

「え?」

と聞き返されることにも腹が立つ。

「年取ると耳も遠くなるんだな!」

美恵の言葉に、少しイラッとする顔の美春。

「よく聞き取れなかったから!」

「滑舌が悪くて悪かったな!」

その顔を見て、イラつき返してお互いの声が大きくなってしまう。

「大体いくらくらいになるかな?」

「だから何度も言ってるよね!?」

ついに怒鳴ってしまった。驚いた母の顔に、ハッとした。

「言い方がキツくなっちゃって、ごめんね!」

と謝る口調も荒くなってしまう。もう次に話す時は、「はじめまして」のつもりで挑まないと、こちらがイラついてケガする。そう思おうとするのだけど、繰り返される会話に嫌気がさした。

「……婆ちゃんがよく、おまえも年を取ればわかるって言ってたわ。」

「……なら、自分がイラついた気持ちも理解できるでしょ?」

母娘のテンションの下がった会話のキャッチボール。そういえば、婆ちゃんも何かの会話の度に毎回「そうなの!?」とわざとらしく驚いてたな。わざとではなかったのだろうけど、ボケた祖母に、うんざりした母の顔を思い出すと少し笑えた。