そんなことに話が弾んだ後、三十分ほどして二人は公園を出て、歩いてジムがオーナーであるオーシャントレックの工場に向かった。ほんの二、三分歩いた所にオーシャントレックの平屋建の工場があった。ジムはまず工場の中を案内し、製品や、業務の内容を説明した。

一通りの説明が終わると、ジムは工場の片隅に立ち、感慨深げに工場の隅々を見渡しながらいった。

「この会社を、私は近いうちに大手企業に売却することになる」

「引退されるんですか。功成り名遂げて」

俊夫はジムの顔を見つめながら尋ねた。

「いや、引退はしない」

ジムは即座に否定した。

「私もこの業界が好きなんだ。君のいう、このちっちゃな業界がね。商売仇も含めて、誰が何をやっているか、やろうとしているか、お互いに皆分かってしまう。いざこざを起こして業界から離れた者がいても、やがて何時かは帰って来る。みんながそれを当然のように受け入れる。それがマリンエレクトロニクスの業界というものだ。

会社を売って大金を手にしたら自分の人生を再構築する方法を色々考えているんだが、多分、業界の有望な仕事への投資会社を作ることになるだろう。どうかね。君も私のプランの一角に加わらないかね」

「考えましょう。そのうちに……」

そう頷きながら、俊夫は曖昧に口を濁した。何故か分からないがジムの世界は余りにも彼の世界からは遠すぎる気がする。

二人は応接間に入った。とてもシックな応接間で、誰もいなくて応対できないとジムはいったが、誰もいる必要はなかった。壁に仕込まれたサイドボードにアルコール類を含めてあらゆる飲み物が並んでいる。ジムはグラス二つとワインの瓶をサイドボードから取り出した。

「ところで」

俊夫は飲み物に手を出す前に居住まいを正す素振りを示していった。

「ジム、あなたはソナーの市場をご存じでしょうか。漁業用のソナーの開発を私は始めた。大きな賭けをやる積もりで、もうたくさんの金をつぎ込んで引き返せない所まで来ています」

ジムもテーブルの上にワインの瓶を置いたまま、居住まいを正して俊夫を見た。

「私はレジャー商品を中心に市場を築いて来たので余りその辺は分からないな」

ジムは考え込むような眼差しを浮かべていった。

「そうだったのか。レーダーでなくてソナーだったのか。君の深しん謀ぼう遠えん慮りょが見て取れるような気がするよ。古巣の邪魔をしたくないといいながらソナーを始める。そして最後にレーダーに手を出す。その時を窺うかがっている訳だ」

「そんな深謀遠慮がある訳じゃないですよ」

俊夫は苦笑いを浮かべる。

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※本記事は、2022年5月刊行の書籍『パペットのように』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。