大粒の涙の理由

研修を終え、旭川から千歳(ちとせ)に向かう帰路、ラミーヤは札幌で開催される高校同窓会に出席する宮本の車に同乗しました。出発の時、後半のホストを務めた鈴木先生の自宅近くのコンビニで待ち合わせをしました。大きなバックパックを背負い、巨大なトランクを押しながら来るラミーヤ、ふと見ると、すすり泣いています。

宮本のそばに来た時には、嗚咽(おえつ)とともに大粒の涙が次から次へと。鈍感な宮本が、お腹でも痛くなったのか? 足でも痛いのか? と英語の質問を考えていると、彼女はコンビニ前の路上で話し出しました。

「日本での研修がとても不安だった。なかなか小児外科の研修が決まらず北の果ての旭川に決まった時にはますます不安になった。やっと旭川に着いてからめまぐるしく、すばらしく事態が変わっていった。いっぱいすばらしい経験を思い出し、いま帰る時になって急に涙が出てきたの……」

この四週間で彼女の眼がうるんだのを見たのは、宮本家で戦争の話をした時だけだったと思います。明るく、みんなに気を使い、まったく異なる文化の中で努力をして気を張っていた四週間がいま終わるという時になり、さまざまな感情の波が彼女に押し寄せていたのだと思います。

凄まじく大粒で、止めどなく流れる涙のせいで、コンビニの前に水たまりができそうになりました(!)。慌てて車に乗せ、車の中でWi -Fiを使えるようにしました。ドライブのあいだじゅう彼女はボスニア・ヘルツェゴビナの母親とおしゃべりをしています。

研修中には見ることのできなかった少女のような表情で、尽きぬ会話が嬉しそうでした。お母さんからは何回もProfessor(教授)によろしくと伝言されます。やがて千歳の外国人専用簡易宿泊所に着き、荷物を下ろし手続きが終わった彼女が振り向くと……そこにはまたもや大粒の涙、そして二人の間にトランクを挟んで(?)しっかりとハグ。

もう老いて涙腺も乾き果てたはずの宮本も周りの風景がにじんでしまいました。ここで宮本は彼女の人生劇場から、後ろを振り返ることなく退場……格好良く車を出発させたのですが、感極まるものがあり、角を曲がったコンビニ駐車場で車を止め、呼吸を整えたのでした。

(二〇一九年十二月二十六日)


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