「ねえ、そうだ……ひさしぶりに行ってみようか」

さよちゃんが私に尋ねてくる。

振り返った瞬間なびいた髪を、思わず目で追ってしまう。

恋? いいや、そんなやすっぽいものではない。

「どこへ?」

私は訊き返す。

しっかりと彼女の目を見て。

これはおそらく愛だ。

「秘密基地」

彼女がはにかむ。

零れるように覗いた八重歯が、きらりと瞬いた。

きっと真実の愛だ。

登下校に使っている最寄りの駅を出て、自転車で十数分。私とさよちゃんの家のちょうど真ん中くらいに、裏山の入り口はある。

汚れて古くなった、プラスチック製の立て看板が登山道を指し示している。そこに自転車を駐め、土に埋もれた階段──というには一段ごとの幅と高さが大きすぎる代物──を登り始めた。幼い頃には「巨人の通り道」だと信じて疑わなかったその道は、高校生になっても登るのはきつくて、階段を一段上がるたびに汗が滲んでいくのがわかった。

木陰のおかげで日光は届かない。

しかし根本的に気温が高いのだ、動けば暑いに決まっている。

「夏に入るもんじゃないねー」

「言い出しっぺはさよちゃんでしょ!」

口ではそう言っていても、実はそんなに悪い気分はしなかった。さよちゃんと山に入ること自体が久しぶりだったから、むしろ嬉しいくらいで、目の前で、足取りに合わせて揺れる亜麻色の髪を見ていると、なんだか懐かしいものを感じてしまう自分がいた。

「山の話をしていたら行きたくなった」

久しぶりに秘密基地へ行きたいと言い出したさよちゃんに理由を尋ねて返ってきた言葉は、なんだか嘘っぽかった。彼女は気分屋なところがあるが、いくらなんでも真夏の昼間に山に入ろうなんて普通は考えない。

何か理由があるのだろう、私にもそれくらいのことは察しがついた。

しかしなんだろう?

相談したいことでもあるのだろうか?

その場合、わざわざ山の中の秘密基地へ行こうと言うのだ、私にしか話せないことであるのは間違いない。何を言われても動じないよう、今のうちから覚悟を決めておく。

……それにしても、せめて着替える時間くらいは欲しかった。

夏制服は涼しいし乾きやすいから暑さに対しては快適だけど、山に入るのに適した服装とは言えない。ひらひらと落ち着かないスカートを枝などに引っ掛けたり、白色の上着を土で汚したりすれば、母が酷く怒るだろう。すでに、今履いているスニーカーは自分で洗うことが決定している。

周囲に気をつけて歩く私とは反対に、さよちゃんは服装のことなど気にかけている様子はなく、軽快な足取りで山道を進んでいく。こういうところはやっぱり変わらないな。そんなことを考えながら彼女の背中を見上げていると、汗が目に入り視界が滲んだ。

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※本記事は、2022年7月刊行の書籍『百合墓荒らし』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。