ワルツさんはジプシーの子供だった。ロマの子供と呼ばれていた。いくつかの家族と一緒に旅をして暮らすロマの生活は貧しいながらも幸せだったという。

鍋やヤカンを修理したり、屋根の瓦を葺いたりしながら旅をしていた。旅の合間に同じロマの家族たちと、親の奏でるヴァイオリンやアコーディオンに合わせて歌い踊り、みんなと声を立てて笑い合ったそうだ。

とても幸せだったとワルツさんは目を細めた。

「母さんは近くの川で洗濯して、家族にはこざっぱりとした身なりをさせて贅沢は決してできないロマの暮らしを幸せなものにしてくれていたんだ」

ロマの仲間たちと焚火を取り囲んで父さんのヴァイオリンと母さんの歌をいつも聞いていた、とワルツさんは微笑んだ。

「母さんの声は温かく、私たちを優しく包んでくれていた。祈りのような母さんの歌は家族の希望だった」

「ワシが九歳の時に母さんが咳を頻繁にするようになって病気になった。血を吐くようになった時に、ロマの仲間に病気がうつるといけないという理由で私たち家族は仲間から離れた」

「粉雪の降るある寒い晩、ワシと妹は灯りが灯る家を一軒一軒訪ねて回った。母さんに温かいスウプを飲ませてあげたかったんだよ。ワシと妹が頼めば、パンとスウプくらい分けてくれると思った。だが、冷たい水を頭からかぶせられて追い返された。ぎしぎしと身体が軋むほど寒いいやな晩だった」

妹と走って荷馬車に帰るとすでにワルツさんのお母さんの呼吸は浅く、顔は蒼白だったそうだ。鳥のさえずりだけが聞こえる晴れた翌朝にワルツさんのお母さんは息を引き取った。

ワルツさんはここまで話すと息を深く吐き、頭を両手で抱えた。

※本記事は、2021年12月刊行の書籍『カトリーヌと囁き森』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。