父、(ただし)は生真面目な人だ、小学生の時社会科見学で市役所に行くことになり「明日社会見学で行くからね」と言っておいたのに……少しも娘を覗きに来る事はなかった。少しくらいは顔を見せてくれても良かったのではないだろうか、仕事中だとは思うけど友達に市役所に勤めている父の事を自慢したかった、そんな娘の思惑は無に帰したのだった。

母の静子(しずこ)は学生時代、バレー部でレギュラーになるほど活発な人だったらしいのだが、私が小学一年生の時に脳溢血で倒れてから入退院を繰り返し、今はずっと家にいるが、寝たり起きたりの生活で殆ど家から出掛けることはしない。

祖母の公子(きみこ)は確か七十をとうに越しているはずだが、私が小学校低学年の時とあまり変わってないような気がする。そしてそんな祖母は母に代わり家事の切り盛りを、全てとはいかないまでも頑張ってくれている。

それから兄の(まこと)、父は大学に行って自分と同じように市役所に勤めてもらいたかったようだが、兄は高校を卒業すると近くの大きな工場に就職を決めてしまった。街中に出ることが嫌いな性質(たち)なのである。休みの日は昔からの趣味の釣りをしに水野川などに行くのを楽しみにしている。実に物静かなところは父と似ている。

ところで、うちの家は代々男の名前は一文字である。(いわ)れがあるのかも知れないが聞いた事はない。曾祖父が(けい)で祖父が(しん)、父が正で兄が真。ざっとこんな感じ。もっと前もそうなのよねぇ、いくら昔は男尊女卑の世の中だったとは言え今も続けているなんて、女の子はどうでもいいのか! まあこんな家族である。

話を戻すと母が体調が余り良くないので……そうなるとどうしても心配を掛けないように余り遊びに行かなくなり休みの日は家で本を読んだり、色々な事を想像して楽しんでいる。だから変な物を見てしまったのか? 怖がりだから危ない物には近づかない。でも、気になる! やっぱり、もう一度見に行こう。

ー猫は居なかった!? 足音を聞きつけたのか? 隠れて見ていたが現れない。余り遅くなると母が心配するのでもう帰ろう。でもまた明日見に来る事にする。

※本記事は、2021年12月刊行の書籍『殿と猫と私』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。