プロローグ 事故

枝から切り取った大きな桃は汁が口の端からあふれた。二つ食べたらもうおにぎりも苦しいくらいだった。桃の林の中で、テーブルを囲んでお母さんが作った豪華なお昼ご飯を食べ終えて、フルーツガーデンという遊園地みたいな所に車で寄った。浅いプールの中にアスレチックがあって、裸足になって由美と遊びまくった。

「お父さんも入ったら?」と由美が誘うと、お父さんはズボンをまくり上げて一緒にアスレチックで遊んでくれた。閉園まで遊んで、道の駅で晩ご飯を食べ終えてから、お土産売り場の奥に、ゲームコーナーを見つけて、エアホッケーを始めた。由美が意外に強くて、いい勝負になった。

由美が「お父さん、お兄ちゃんをやっつけてよ」と誘い込んで、僕は真剣になって何ゲームも勝負した。お母さんとおばあちゃんを観客に三人で夢中になった。ほとんど人が来ないから僕たち家族の貸し切りみたいで大騒ぎだった。

お母さんが「そろそろ帰らないと遅くなるわよ」と言っても、今度はUFOキャッチャーに夢中の由美が「もう少し」と言って、やめようとしない。僕も調子に乗っていたから「やめよう」とは言わなかった。

お父さんがこんなに長い時間、僕たちと一緒に遊んでくれるなんて初めてだった。「そろそろ高速も空いた頃だろう」とお父さんが言ったから時計を見たら八時を過ぎていた。僕たちは明日も休みだ。

ずっとはしゃぎっぱなしだった由美は車に乗ったらすぐに眠ってしまい、僕もゲームをしているうちにいつの間にか眠ってしまった。

目が覚めたのは、爆発したようなものすごい大きな音と、ジェットコースターが急に止まった時みたいに、おなかのシートベルトで体が折れて、おでこがシートの背中にぶつかった衝撃のときだった。

何かがそばで爆発したのかと思ってきょろきょろ外を見回した。二列目のおばあちゃんの座る席が僕の膝の近くに寄って、背もたれが前に傾いていた。見慣れたお父さんの車の中が変わっていた。暗い車内は時間が止まったみたいに静かで、声が出なかった。細かいひびだらけのフロントガラスは上がはずれて、隙間からオレンジ色の街灯が見えた。

お父さんとお母さんの黒い頭がハの字に並んで動かなかった。右側の由美は座席で背筋を伸ばして前を見つめたままじっと動かなかった。左目が大きく開いて光って見えた。

おばあちゃんの横に置いたお土産の桃の箱がシートから落ちて、鉄のような臭いと一緒に桃の匂いがしていた。