第五章 不確かな愛

俺は沙優に惹かれていた。沙優を抱きしめて、俺の腕の中ですやすや眠る沙優を誰にも渡したくないと強く感じた。こんなにも女を深く愛する事があるなんて、誰が想像出来ただろうか。しかし、沙優は俺の彼女の存在を凄く気にしている。彼女とは自然消滅もありうるかもしれない、それほど愛情を感じていない。まさか、彼女の方から連絡が入り、詰め寄られるなんて予想もつかなかった。

「貢、久しぶり、元気だったかしら」

「華菜、どうしたんだ」

彼女は俺のマンションにやってきた。

「テレビ中継を見たわ、婚約したのね、おめでとう」

「ああ、前から話してあったと思うが……」

「カモフラージュでしょ」

「そのつもりだったが、本気になった」

彼女はびっくりした表情を見せた。

「貢、どういうことなの」

「言葉通りだ、華菜、俺と別れてくれ」

「本気で言ってるの?」

「俺は本気だ、婚約した彼女と結婚する、彼女を愛している」

華菜は俺の頬を平手打ちした。

「私は別れないから。確かに結婚の話は断ったけど、別れるとは一言も言ってないから」

「俺の立場も考えてくれ」

「だから、カモフラージュなんでしょ。私達別れる必要ないんじゃないの」

「はじめはそのつもりだった。でも彼女にどんどん惹かれていく自分に気づいた」

「貢、目を覚まして、その女に騙されているのよ」いつも冷静な華菜が珍しく俺に食ってかかった。

「沙優はそんな女じゃない」

そんな俺達を沙優が見ていたなど、俺は知る由もなかった。華菜は「あきらめないから」とその場を後にした。

マンションに戻り、俺は叩かれた頬に触れた。

「いきなり叩くとは、参ったな」ドアを開けて「ただいま、沙優」と声をかけた。沙優は俺の方に駆け寄り、冷たく冷やしたタオルを俺の頬にあてた。

「沙優、どうした」

「痛かったでしょ、ごめんなさい。私がここに置いてなんて頼まなければ、彼女さんが怒ることもなかったのに……」

俺は頬にあててくれているタオルを持つ手を握った。

「沙優は優しいんだな、見られちゃったか、沙優は何も悪くないよ」

「ちゃんとカモフラージュって言いましたか」

「いや、本当のことを言った」

「本当のこと?」

「沙優は婚約者で結婚する相手だと……」

沙優は不思議そうな表情で俺を見ていた。

「さ、飯食おう、腹減ったよ」

「はい、すぐ出来ますから」

会話までは聞こえなかったみたいだな。俺の気持ちを打ち明けるにはまだ、タイミングではないと考えた。愛していると言葉にしただけで、はっきりと分かった。華菜への愛情はなかった。そして、沙優への愛情が深く確実なものだと分かった。