奥会津の人魚姫

(1)

鍛冶内は息を呑んだ。そこには画面一杯に広がるエメラルドグリーンの楕円風呂。そこに散りばめられた紅葉の葉っぱ。そしてその湯船に全身を伸びやかに横たえているのは、穏やかに虚空を見つめる若く綺麗な娘。何の違和感もなく娘は全裸で、女神かと見まがうばかりの美しい肢体を伸びやかに水の中に投げ出し、まるで泳いでいる途中で一瞬の休息を取っている人魚ででもあるかのように、頭まですべてを水没させた状態で美しいまま凝固してしまっているのだ。

「こ、これは…………」

よく見ると、フレームの左下に小さなシールが貼られており、手書き文字で「奥会津の人魚姫」とある。千景が書いたものだろう。

「汐里だよ。警察や救急車が来る前に撮った一枚さ」

鍛冶内は写真のあまりの美しさに、しばらくの間みじろぎもできずにいた。が、ふと千景が口にした言葉の中の、引っ掛かる部分を思わず聞き返さずにはいられなかった。

「警察や救急車が来る前…………?」

「見つけた時点で、汐里は息をしていなかった。発見したのは乙音だ。睡眠薬を飲んで入浴したことによる事故死という検死結果だった」

「し、死んでるのか、この娘は……」

それにしても、この娘の自然な表情はどうしたことだろうか。眠りに就いた最中の不慮の事故とはいえ、息ができなければ人間はもがき苦しむものではないのか。こんなにも安らかに、しかも美しいまま人間は最期を迎えることができる生き物なのか。

「もちろん死者の写真を撮るという俺の行為が倫理的に許されないものであることは、俺もよく知っているつもりだ。水没した汐里を見た時、正直写真を撮ろうだなんて思い付きもしなかった。俺は慌てて汐里を引き上げようとした。

するとそんな俺の行動を制して、涙をポロポロこぼしながら乙音がこう言った。『悲しいけれど、この状態で汐里はもう助からない。ならばせめて汐里をこの美しい姿のまま、画像で残してほしい』と。

俺は最初、乙音の言っている意味がよくわからなかった。すると身動きできずにいる俺の目をまっすぐに見つめながら、乙音は鬼気迫る顔でこう言った。『水中で息絶えている、まるで人魚のような今の綺麗な汐里を写真に撮って、ちぃちゃん。きっと本人もそれを望んでいるから』とね。『せめてちぃちゃんが写真ででも残してあげなければ、汐里が生きていた証がなくなってしまう。それでは汐里が可哀想すぎる』とも言った。

その言葉を頭で反復しながら乙音の顔を見つめていた俺だったが、汐里の分身でもある乙音の言葉にはとても力があり、最後には俺も心を決めた。やるからには俺が持てる技術のすべてを使って、輝いている汐里の最後の姿を最高の状態でネガに焼き付けてやろうと。

そして写真の中で彼女を、永遠の女神として俺なりに美しく昇華させてやろうと。『奥会津の人魚姫』というタイトルは、乙音の口から出た『人魚』という単語が元になっているんだ」