泣けないのは何故

卓也は聡の勝ち誇った笑い顔に腹が立った。いつものようには事が運ばず、仲間の前で馬鹿にされたと思った。そして、聡の胸の内も見透かした。

兄に習ったばかりの得意な足蹴りを聡の頭に向けた。卓也の常に勝者のプライドが聡の傲慢な態度によって傷ついた。カッとなった怒りを聡の頭にぶつけた。

一発では聡は倒れなかった。聡はよろけながら卓也に向かっていった。この前の時のように殴られっぱなしじゃないぞ。

「グオー」

声にならない聡の叫び声を聞いて、卓也はたじたじとなって少し後ろに下がった。後ろにいた稔にぶつかった。稔はとっさにいつも持っていた刃渡り十五センチのナイフを卓也の手に握らせた。

聡はそうとは知らずに卓也に飛びかかっていくと、卓也の手にしたナイフは聡の胸に刺さった。

聡の胸から血が噴き出し、それを見て焦りまくった卓也に幾度も胸や腹を刺された。思いがけない事の成り行きに、稔は興奮した声で、「やれー、やっちまえー」と叫んだ。隼人は思わぬ事の成り行きを呆然と見ていた。倒れる聡を見て、卓也は得も言われぬ高揚感で体が震えた。そして、横たわり血に染まった聡の姿を見て、今度は体中の血が凍るような恐怖が襲い掛かってきた。

三人はかつて足早に去ったように、その場を立ち去ることができなかった。河原の泥に足が取られ身動き一つできなかった。それに橋の上で偶然その現場を見た人は動画を取るだけで、おじいさんのように声を掛けることもなかった。

聡は純太と二人でアイスを食べた河川敷で鼻血よりたくさんの血を流して死んだ。

純太がその知らせを聞いて夢中で駆け出し、橋の袂に着いた時には、数台のパトカーが赤色灯をくるくる回したまま止まっていた。河川敷にはたくさんのお巡りさんがいた。純太は見物に来ていた大勢の人たちが河川敷を覗き込んでいる中で、一人パトカーの赤色灯の光をいつまでも見ていた。

聡の葬式に来たクラスの皆が泣いている。明日はきっと目が腫れるだろうと思うくらい綾乃は泣いている。聡のお父さんもお母さんも泣いている。勝手にパソコンを使った日、聡を殴った兄ちゃんの豊も泣いている。

一番の友達だったはずなのに、純太は何故だか涙が出てこず、ハンカチを顔に当て泣いているふりをした。(俺は本当に聡の親友だったのか)聡と距離を置いた自分の心の中に潜んでいた冷たい部分に気付かされた年だった。

そして、卓也たちは少年院へ送られ、短い中学時代があっという間に終わった。