一九七〇年 夏~秋

4 マユミの嘘泣き

母が殺されると思い、慌てた私は母屋の祖父母を呼びに行きました。

「ジイちゃん、起きてや」

まず祖父を揺すりましたが、寝言を洩(も)らすだけで、こちらも酒に溺(おぼ)れています。私はステテコの下で勃起(ぼっき)している陰茎を見ました。

「バアちゃん、寝とん」

祖母が上を向いて寝ています。総入れ歯を外した顔は、顎が取れたように縮んでいました。豆電球に照らし出される彼らの姿は、この世のものとは思えぬほど醜怪(しゅうかい)で、私を怖気立(おぞけだ)たせるに十分でした。

夫婦喧嘩はこれまでにも度々ありましたが、祖父母がそれを仲裁したことは一度もありませんでした。祖父はせせら笑い、祖母は無視を決め込みました。

祖母・磯子の無能ぶりは山野家の不幸でした。それでも長い間、祖母は私の味方でいてくれました。

彼女は七十歳を迎えたときに胃癌を患い、手術と入退院を繰り返したあげく、全摘した胃に大好物のハマチの刺身を内緒でたらふく詰め込んだ晩に、腸を詰まらせて死ぬことになります。私が大学生だった頃の話で、葬儀のために急いで帰省する夜行列車の暗い車窓に、祖母を悼(いた)んだことを覚えています。私は肩を落として離れへ戻りました。

「母やん、いけるん」

母が下着と何枚かの衣服を風呂敷に包んでいます。

「父やんはどこい行ったん」

父は消えていました。高雄さんに誘われて串田町へ行ったのでした。

「おまはんも準備しなよ。一緒に行くんじゃけん」

私に勉強道具を纏(まと)めるように言います。

「どこい行くん」
「後でわかる。早うしな」

母は洋裁で得た金を入れている『岩おこし』の缶を開けました。その中からあるだけの千円札と硬貨を掴み出し、普段は使わない口金のついた財布に入れました。

母に促されて表へ出ると、幸い雨は上がっており、僅かに東の空が白んでいます。辺りはひっそりとして、水嵩(みずかさ)を増した川のさざめきが伝わってきました。

「もうもんてこんの」

私は置いてきた切手ブックが気になっていました。

「なんなら来んでもええんでよ。ここいおるで」

母が突き放したように言います。

「いやじゃ。行く」

母は満足そうに頷きました。 

※本記事は、2020年4月刊行の書籍『金の顔』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。