おこうは重綱の正室であるわたくしの意を迎えようとする気がない。傷つけまいと頭を巡らすこともしない。百人のうち九十九人が黒だと言っても「ありゃあ、おらには白に見えすと」と、ひとり本気で不思議がるようなところが、わたくしにはとても好ましく思えるのだ。

関ケ原合戦でおこうは四人目の夫を失った。さすがに恐ろしくなったと言う。周りもおこうと夫婦になると死ぬ破目になると怖れ、ついに嫁入り先も底をついたのだとか。

まだ若い身空でこれからどう生きていけばいいのか。実家を頼ることははばかられた。悩んだ末に、お城下から一日がかりになる、洞窟の薬師如来さまに詣でたのだという。

領内の百姓の女房や武家の女たちは、お仕えする巫女の婆さまに頼んで、悩みや人生の岐路に立ったときの迷いに、お薬師さまのお言葉を下ろしていただくのだという。

そのときおこうは巫女に告げられたというのである。

「城に奉公せよ。夫が関ケ原の合戦で討ち死にしたことを、家士(かし)の誰彼に証人になってもらうがよい」

幸いにも実家が片倉家の家士で、おこう自身の針仕事の腕がものをいい、お告げどおりに奉公がかなったのだという。

おこうは神様の帳面を信じていると言った。そこには討ち死にする男たちの名が記されている、と。神様にだけ見える目印のついた男に、何故か四度も縁づいてしまった、と言うのだった。

わたくしが嫁入ってきた初めのころ、おこうの率直さは少々疎ましかった。だが今は身内のようだ。おこうの人となりや忠誠心が信じられるのだ。おこうは思ったままを、飾らない生まれ育った土地の言葉で話してくれる。

阿梅はまだ肩上げのとれない十二歳の少女ではあるけれど、左衛門佐どのが阿梅を重綱さまに託されたことについては、ただ単に娘の救出とその後の養育を頼んだだけではなかったのだ、と今頃になって、やっとわたくしは気がついたのだった。

左衛門佐どのは、阿梅を重綱さまに嫁入りさせたおつもりだったのだろうか。わたくしの疑問はおこうに即座に肯定された。わたくしは万事にうといのだ。

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※本記事は、2022年9月刊行の書籍『幸村のむすめ』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。