あたしは、とりあえずこれからどうするかを考えた。

「んー……。なんかよくわかんないけど、おじいさんと一緒にパズルのピースを集めれば良いの?」

「左様」

「わかったけど……、どうやって集めるの?」

「そこが難しいのじゃ」

なんということだ。ただでさえ仕事で疲れているのに。

「まずは、この杖で探したいピースのところに、目には見えないが円を描く。そして、呪文を唱える」

特に何も起きない。

「そして、今度は扉に向かって呪文を唱えるとな……」

そう言って、ぶつぶつ何やら呪文らしきものを呟いて扉を開いた。

「え! 草原じゃなくなった!」

「そうじゃ。この場所のあたりを探すこととなる」

「なるほど……」

おじいさんが魔法使いのように思えるが、それはさておき、この広い世界を探し回るのは至難の業だと思っていた。場所を絞り込めるなら、まだ多少は楽だ。

しかし、やはり気になるのは、おじいさんの正体だ。そして、あの杖。あれは彼だけが使えるのだろうか?

「おじいさんは何者なの? 魔法使い?」

彼は、困ったように眉尻を下げた。

「まぁ、そのようなもんかの」

そう言って、答えを思案するようにパズル……、ではなく、“空”を眺めた。

そんな彼を見ているうちに、彼を手伝う決心がついた。いや、正確に言えば、手伝わなければならない気がした。あたしの中の何かが、そうさせるのだ。それが何かは、わからない。しかし、それに押されるように、口から言葉が出た。

「おじいさん、あたしにピース集めを手伝わせて。きっとそうしないといけない。そんな気がするの」

彼は、驚いた表情を浮かべつつも、まるで知っていたかのようにあたしを見た。

「お嬢さん、それは覚悟ができているということかね? 後戻りできなくなるのじゃぞ? それでも良いのかの?」

彼は真剣な表情で、真っ直ぐあたしを見つめる。あたしは、彼を真っ直ぐ見つめ返す。

「たとえ元の生活に戻れなくても、ピースを集める。それがあたしの“役目”だから」

なぜか口から言葉が出てきた。本当は元の生活に戻りたいのに。……いや、戻りたいのか? 本当に? 職場と家の往復の日々。彼氏なし。友達はいないわけではないが、周りは結婚していて、少し疎遠になってしまっている。

だが、この一歩を踏み出すことにワクワクしている自分がいるのも事実だ。何を迷う必要がある? いや、収入が不安だ。

しかし、もう口から出てしまったのだから取り消せるわけもなく……。

「ほっほ。それがお嬢さんの答えじゃな? 良かろう。それでは、まずはお嬢さんの名前を教えてくれんかね?」

彼は、ほわっと笑みを浮かべた。

床寄(とこよせ)(そら)、それがあたしの名前よ!」

そう言って、満面の笑みを彼に向けた。

もう後には戻れない。どうなるかは、神のみぞ知るのだろう。

テーブルの上では、ところどころ埋まっていない“空”が瞬いている。まだまだこれからだ。

あたしの新たな運命の扉は、開いたばかりだ。

【前回の記事を読む】「こんなふうに切り取った世界を描きたい」…鉛筆で奏でるワルツ

※本記事は、2022年7月刊行の書籍『色えんぴつのワルツ』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。