第Ⅱ部 人間と社会における技術の役割

Ⅱ-4 技術と法

5.  リコールが担う役割

三菱トラック事故 リコール隠し

2002年1月、横浜市瀬谷区で、三菱自動車工業のトレーラー型トラックのタイヤ(直径1 m、質量140kg)が外れて、約50m離れた歩道を歩いていた母子3人を直撃し、母親が死亡しました。76)その原因は図1に示すように、タイヤと車軸をつなぐハブの強度不足により、ハブの付け根にき裂が発生して破断したためです。

実は、以前からハブの不具合は起こっていました。1994年にもタイヤ脱落事故が起こっていました。ところが、三菱自動車工業のなかでは、情報を運輸省に見せられるクレーム情報「P」と運輸省に見せられない秘匿情報「H」に分けて管理しており、7割を秘匿情報にしていました。

リコールに届け出ることをせずに、「隠れ改修」をして対処していました。こうして欠陥が表に出ることなく、結局は大事故に発展してしまいました。

その後、三菱自動車工業(株)は2003年にトラック・バス事業を分社化し、2003年に三菱ふそうトラック・バスを設立しました。2005年には日産自動車との包括的な事業提携を行いました。三菱自動車の国内販売台数は2000年度には50万台ありましたが、2014年度には10万台まで落ち込みました。

写真を拡大 [図1]三菱トラック フロントハブ破断によるタイヤの脱輪

タカタのエアバッグリコール

タカタのエアバッグは、事故に対する速やかな対応を行わなかったために破産に陥った例です。78) 

エアバッグは図2のように、自動車の前部に衝突検知装置を有し、衝突を診断するとガスを発生してバッグを膨らまし、運転手や乗客の衝突を和らげるものです。

エアバッグは1963年に日本人の小堀保三郎が考案し、1980年にダイムラーベンツが高級車にオプションとして装備したのが始まりで、1990年代から急速に普及しました。タカタのエアバッグは世界シェア第2位でした。

2005年ごろからエアバッグ作動時に金属破片が飛び散るトラブルが発生し、2008年11月にホンダがタカタ製エアバッグで初のリコールを行いました。2009年5 に、アメリカで初の関連死亡事故が発生しました。2014年12月には、ホンダが全米で調査リコールを表明しました。

2015年11月には、タカタと米運輸当局が硝酸アンモニウムを使う部品供給停止で合意しました。2016年1月には、米司法省が「タカタは、10年以上にわたり、安全よりも納期や利益を優先し、安全に関わる重要な試験データの情報を繰り返し偽ってきた」という声明を発表しました。

2016年2月に、独立調査委員会が異常破裂の原因について、「硝酸アンモニウム、経年劣化、高温多湿など」と指摘しました。2016年5月には米運輸当局が、劣化を防ぐ乾燥剤なしの硝酸アンモニウムを使った部品すべての追加リコールを指示しました。

世界で対象台数は1億台規模に上ります。10月には、アメリカで11件目の関連死亡事故が発生しました。そして2017年6月26日、ついにタカタは民事再生法の適用を申請し、倒産しました。負債総額は1兆円超となっています。

エアバッグの異常破裂の原因は、インフレータに用いる硝酸アンモニウムが高温多湿の環境下に長い間さらされることで劣化したことにあると考えられています。

タカタは、2005年ごろからトラブルが発生していたにも関わらず、危機感を持った早急な対応をせず、守りの姿勢に終始したため死亡事故が続き、大量のリコール費用が累積してしまいました。

事故が発生したときに迅速に調査チームを立ち上げ、徹底的に調査して原因解明と対策に取り組まなければ、取り返しのつかないことになってしまうことを、タカタの問題も三菱自動車の問題も示しています。

写真を拡大 [図2]エアバッグの仕組み
※本記事は、2019年4月刊行の書籍『人と技術の社会責任』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。