血便で受診された寝たきりの高齢患者さんを精査したところ、進行大腸がんからの出血であることがわかりました。年齢・全身状態から考えると、手術などの治療適応はなく、余命は数か月と思われました。

この患者さんは以前脳梗塞を起こしたことがあり、脳梗塞の再発予防のために血液をサラサラにする抗血栓薬を内服中であったため、その薬を投与しているかかりつけの先生に大腸がんの状況報告をして抗血栓薬の中止をお願いすると、「抗血栓薬を中止して、脳梗塞になったら誰が責任とるんだ!」と言って中止してくれなかったことがありました。

この状態で脳梗塞を予防することに、どれほどの意味があるのでしょうか? 進行大腸がんがあって、抗血栓薬を飲んでいるのですから、この患者さんは最期まで血便が出続け、高度貧血のため亡くなりました。

たしかに専門性は大事ですが、専門の臓器のことばかり考えて患者さんの年齢や全身状態を考慮しないのはいかがなものかと思います。

私は研修医に、よくこう言います。「〇科医である前に、医師であることを忘れるなよ」と。

これは私自身も肝に銘じなければいけないフレーズだと思います。

※本記事は、2021年4月刊行の書籍『やぶ患者になるな!』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。