その翌日、午後の受講を終えた相国寺隆弘は、自室の机の上の瓶を睨んでいた。結局、倉元から貰った瓶はそのまま相国寺が持ち帰ったのである。公式戦翌日の今日は、体を休めることを優先するために練習は休みである。相国寺は大学から真っすぐ自宅に戻り、瓶を睨み続けている。

昨夜、「福狸」でもこの瓶は格好の会話のネタとなった。城戸の説明は要領良かったが、おっちゃんとおばちゃんがどの程度本気にしたかはわからない。普通に考えれば、よくできた冗談であろう。純平がおばちゃんに尋ねた。

「な、おばちゃん。来週は一部との入替戦出場権がかかった大事な試合やねん。この薬、使ってみるか止めとくか。おばちゃん、どない思う?」

「そんなん、おばちゃんに訊かれても困るわ。あんたらの好きにしよし。どっちにしても、おっちゃんもおばちゃんも応援してるで。おばちゃん、一部昇格した~って報告に来てくれたんはハマちゃんたちの代やったけど、もうあれから八年も経つんやねえ。あんたらも気張らなあかんえ」

そりゃ、「福狸」のおばちゃんに真面目に判断求めても無理だな、と相国寺も思う。自分だってどこまで真剣に受け止めるべきなのかさえわからないでいるのだから。本気の話だと知ったら、おばちゃんは逆にびっくりするだろう。

――寿命が縮む……実家の祖父ちゃん、何歳やったかな……俺が入学した年に喜寿の祝いしたからな、いま八十か……男の平均寿命ってそのくらいやったよな。八十年の人生が三ヶ月から半年くらい短くなる、それはどう評価すべきやろか。今の俺には、そんな大した問題やとは思えんけどなあ……いざとなったら後悔するんやろか……。

入念にアップを済ませ、シューズの紐を結び直して、純平はネット際に走る。最終戦、難波工業大学との試合前の公式練習開始はまだだが、前の試合が終わった後、審判に呼び集められるまでのこの僅かな時間にも、空いたコートで一本でも多くボールに触っておきたい。レフトポジションでは先頭に相国寺が待っている。

送られてきたパスを、回転を殺した丁寧なトスにしてレフトに送る。うん、感触はいい。

バシッ! 相国寺が打ったボールが、鋭い打撃音と共に鋭角にコートに叩きつけられた。

一瞬、チームメイトの目が相国寺に集まる。いつもの当たりとは違う。こんな角度、こんなパワーでの相国寺のスパイクは練習中にもそうそう目にしたことはない。続いて三人の選手が同じようにレフトから打った後、再び相国寺の番だ。純平は今度は少し長めのトスを送る。難波工大の高いセンターブロックを避けて決めるために集中して練習してきた、ストレート打ち用のトスだ。

グワシャッ! 一球目よりもさらに破壊音を増したボールが、アタックライン近辺に叩きつけられた。物すごい威力のストレートスパイクだ。

いつもとは打点が違う。相国寺、お前、やっぱり……。

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※本記事は、2022年6月刊行の書籍『生命譚』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。