「真希ちゃん、中間管理職か。一番つらいところよね。私もここに入る前、会社員だったから分かるわ。 “イマドキ”の“ワカイコ”は……って、言っちゃいけないけど、言っちゃうわよね」

私のカクテルを作りながら、安奈さんが微笑んだ。

「そうなのぉ。甘えてるんじゃねぇって思うけど、上からは怒るなって言われる。だけど、私たちの仕事って責任が重たいから、そんな甘っちょろいことを言っていちゃダメだろうって思うんです。少なくとも、私はそうありたいなぁ」

「あなたって、見た目は若いけど中身はしっかりしてるのね。すごく素敵。患者側からしたら、そういう思いを持った先生に診てほしいわ」

そう言って、スッとカクテルグラスを差し出してくれる。一口いただいて、会話を再開した。

「美味しい。安奈さん、ありがとう。先輩は私と同じ気持ちでいてくれるけど、どんどん若い人が入ってきて、こっちの意見がおかしいのかなって、ヘコむことも多かったの。医療業界以外の人にそう言ってもらえたら、私、間違ってないんだって思えた。あぁ、よかったぁ」

気持ちがすっきりして、煙草に火をつけた。それを見て安奈さんがカウンター下をごそごそ探っている。

「あら……私、煙草切らしてたわ。ごめんなさい、一本もらってもいい?」

安奈さんがウインクして顔の前で両手を合わせている。私も真似して下手なウインクをした。

「もちろん、どうぞ」

私がおねだりして、彼女の煙草に火をつけさせてもらった。ありがとう、と私の申し出をスマートに受け、私の手元で煙草をふかし、深く煙草を吸い込み、天井へ吐き出す。ダウンライトに照らされて煙がもくもくと広がり、どこかに消える。私が思い描く、かっこいいお姉さん、そのもの。

――こんなお姉ちゃんが、いたらなぁ……。しばらく見惚れている間にフィルター付近まで火が迫って指に熱を感じ、急いで煙草の火を消す。先に消した彼女の吸い殻に口紅がついているのを見て、心なしか顔が火照った。

「安奈さんと一緒に飲みたいなぁ。一杯、どうですか?」

彼女は私の言葉を待っていたように軽く頷き、ほかの客のお酒も一緒に作りながら、手際よく準備した。

「ありがとうございます。いただきます」

お互いのグラスを合わせ、乾杯する。グラスの鳴る音が心地よい。笑い合って、一緒に一口いただく。美しいお姉さんと飲んだお酒は格別で、杯が進んだ。彼女もお酒は好きなようで、結局何杯か飲ませちゃって、一緒にほどよく酔った。帰り際、わざわざドアの外まで出てきてくれた。

「また、お顔見せてね」

そう言う彼女に急に手を握られて、心臓がはねた。

――あんなに綺麗な人、久々に見たなぁ。マスター、やるじゃん。酔い覚ましがてら自転車を押し、春の夜風を感じながら帰路についた。彼女のおかげで“イマドキのワカイコ”のことは忘れ、幸せな気持ちで眠りについた。

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※本記事は、2022年6月刊行の書籍『エンゲージ・リング』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。