雨の閉じ込めた陽光が衰えを見せた頃一人の老婆が庵を訪ねてきた。

「アオキの空気は気に入りましたかえ、異郷の方々」

白の貫頭(かんとう)()に羽織をかぶせただけの肢体(したい)は枯れ枝に白い布が巻きついているようだと思った。節回(ふしまわ)しの訛りがきつく視線は観察されてるようで気持ちのよいものではない。老婆はモトリと名乗った。サヤの侍従(じじゅう)らしい。

「ご用命とあればなんなりと」

「じゃ、じゃあ……」

(りょ)(じん)を落としたいと伝えた。老婆は頷くと目がぎょろりと動きエリサ達の背後に広げられている旅の装備を一瞥……いや、しばらく見つめて「支度いたします」と退出した。

「なんなんだあの婆さん、気味が悪ぃ」

「ゲイツ口が悪い。年長者は」

「敬いなさいだろ? はいはい、わーってますよエリサちゃーん」

ゲイツは天を仰ぐ仕草をした。そしてそのまま仰向けに寝転ぶ。

「……風呂に入れるとか、夢じゃないよな?」

「現実ね」

「素晴らしいなアオキ村」

久方ぶりの湯浴(ゆあ)みは旅の疲れをひと息にほぐし、サヤとの夕餉もつつがなく済んだ。その場にカズマは不在で代わりにモトリが(はべ)っていた。色白なサヤと比べて肌が浅黒いモトリはもともとこの山に暮らす土着民族だったらしい。

ゲイツの冒険譚をサヤは手を叩いて喜んだ。すっかり気分をよくした彼は庵に帰ってなお頬が紅いままで寝床に横たわるとあっさり寝てしまった。

月はまだ頂点に達してない。そう、雨がやんでいた。朋然ノ巫女の読みは正確だった。昼に降った雨は夜までには上がっていた。これならば明朝の出立も叶うかもしれない。

エリサは手元に目を落とす。蒼く透き通った球体が(おぼろ)(つき)を映している。月の光を反射して、内部の模様まで鮮明に見れた。水底に漂う波動のようなものが蒼い玉いっぱいに広がる。

美しい……されど手にある感触はとても冷たい。エリサは空を見上げた。どこを捉えるともなくぼんやりと求める土地への想いが募る。

「この命続く限り」

そう呟いて音を立てることなく自分の寝床に就いた。

【前回の記事を読む】「この村で最も尊い命」を自称した少女が見せた“純粋無垢な一面”

※本記事は、2022年2月刊行の書籍『雷音の機械兵』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。