屋台では女性三人で大きな「フルーツミルクかき氷」をつつきながらワイワイ。ラミーヤは

「こんなにおいしいもの初めて食べた! お母さんに食べさせてあげたい!!」

と早速写真をLINEで祖国の母に送り大はしゃぎしています。“神輿かつぎ”の喧噪(けんそう)を横目にムスリムフレンドリーラーメン(鶏醤油)も、おいしいおいしいと、“すする”ことはできないのでモグモグと口に入れスープまで完食。そのあとは秘書さんの知り合いの山車に乗せてもらい、大盛り上がりでした。

過去の紛争に涙ぐむ

さて、一日おいて月曜日、大学初日。教授室でオリエンテーションの後スタッフに紹介し、彼女に宿題を与え、夜には宮本家で歓迎パーティーを行いました。ラミーヤの実習後半二週間を担当するホストの若手女医鈴木先生も参加しました。食事はムスリム対応ドレッシング、醤油、マヨネーズを用いたサラダが中心。

用意したサラエボ関連の資料を見ながらワイワイ。日本産のハラール認証ノンアルコールビールのまずさに閉口しながらも、ラミーヤは

「日本でそんなにオシムが有名なんだ!」

とびっくりしていました。さらには彼女のお兄ちゃん世代が書いたという本『ぼくたちは戦場で育った』を手に取り、セルビア人たちとの確執や辛い戦争体験のことを話し始めました。彼女は当時一番安全だった地下室で生まれ、お兄ちゃんたちが一番苦労したとのことでした。

この時ふと、彼女の目に涙が浮かんでいることに気がつきました。このパーティーには二週間後にタイに行くので英語の勉強にと平澤家の長男が参加していたのですが、ラミーヤは彼が北海道のことを英語で説明できないことを心配して

「あなたはタイに行ったら、一人でも日本を代表する大使よ。日本のことや北海道のことを説明できるように勉強しなきゃ」

と、まるで姉のように話していました。それを聞き、この()は、そんな緊張感を持って旭川に来ているのだと感心しました。

 


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※本記事は、2022年4月刊行の書籍『たたかうきみのうたⅢ』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。