【前回の記事を読む】「ウイルスって、どんな生き物なのですか、それとも無生物なのですか」

ウイルスの発見

5 ウイルスは無生物なのだろうか

また、ポリオウイルスや日本脳炎ウイルスなどから取り出したウイルス核酸(RNA)を生細胞に注入すると、核酸だけで増殖し成体になることが分かり、核酸に研究者たちの目が向けられました。

その後、ウイルスの研究者たちによって、生命のない高分子化合物の核酸だけで感染するウイルスが続々と発表されました。その主な例を挙げると、RNAによる植物ウイルスでは、トマト萎縮ウイルス、ジャガイモXウイルス、稲萎縮ウイルスなどがあります。RNAによる動物ウイルスには、デング熱ウイルス、口蹄疫ウイルス、インフルエンザウイルスなどがあります。DNAによるものには、癌ウイルスのポリオーマウイルス、SV40ウイルスなどがあります。

これらはRNAやDNAを生細胞に注入するだけで感染するのです。また、大腸菌などの細菌に感染するバクテリオファージは、後に述べるように、自身のDNAだけを宿主細胞に注入し、ファージのDNAが細胞の核酸などの機能を使役のように使って、自身のタンパク質を合成し、増殖して1個のファージから100個以上もの子ファージを誕生させて放出することが判明しました。

細菌を含めてすべての生物は、生命活動に重要なDNAとRNAの両方の核酸をもっていますが、ウイルスは一方の核酸が欠けているので、自己増殖できず、宿主の細胞に侵入前は、呼吸もせず、栄養を摂取せず、物質代謝もしない無生物状態なのです。

しかし、ウイルスの核酸には、自己の遺伝情報が組み込まれ増殖には欠かせない最も重要な役割をもっています。無生物のウイルスが細胞に侵入するとたちまち生き物に変身し、ウイルスの遺伝情報で宿主細胞のDNAとRNAの両方を支配して生命活動を始め、1個のウイルスが100から200個以上もの子ウイルスを誕生させるという驚くべき増殖力を発揮するのです。

しかし、細胞外では自己増殖もできないしまったく生命現象を示さないうえ結晶にもなるという代物なので[生物に最も近い無生物]とも言われているのです。