やがて、足許から砂礫を蹴散らし、枯れ草を踏み付ける地響きが伝わり、絶え間なく無秩序に発せられる騒がしく不快な獣の声が押し寄せて来た。

白い獣の群は一様に頭を西に向けて、青年の立つ場所を目指すかのように進んで来た。

青年は後ずさりしながら当て所なく、右に左に動くだけ、逃げ場もなく隠れるように低い岩陰に身を置いた時には、数えきれない羊に取り囲まれ、呑まれるように群れの中に立ち尽くしていた。目の前を行き過ぎる羊はどれも皆、よく肥えて毛艶も良く草を食んでいた。

膨大な数の羊に圧倒され、ただ羊の動きを見るだけの時間が過ぎ、青年の回りを大半の羊が行き過ぎ、群れから遅れた羊が急ぐでもなく疎らに歩く後ろに、漸く一つ人の姿を見出した。

長い棒を手にした男は、羊の毛を織った分厚い上着を羽織り、羊の皮を縫い合わせたと思われる丈の長い靴を履き、ゆっくりと群れの最後尾を歩いていた。

青年は羊を避けながら男に近づき、

「この羊は其方の物か」と、声を掛けた。

「俺は牧夫、羊の世話をしているだけだ」

「この大きな群れには、一体何頭の羊がいるのだ」

「ここには一万頭の羊がいるよ」

長身で深眼高鼻の牧夫が当然のことのように応えた。

「其方一人で、この沢山の羊の群れを追っているのか」

「そうだ」

「これだけの羊、一人で守りきれるのか」

「そうだな」

「数が減ったら大変なことではないか」

「羊の数が減るのはいたし方ないこと、無理して守る必要もないのだ」

無責任とも思える応えに、僅かな苛立ちと不信感を覚えたが、話題を変えた。