第二章 伝統的テコンドーの三つの要素

生理学的レベルで、一度に数秒間息を止めることは酸素の吸収を促し、過呼吸を防ぐ効果がある。体力をつけるには、呼吸と動作を一つにしなければならない。リズミカルな型の動作を意識してトレーニングを重ねれば、型に合わせて呼吸をすることができるようになる。

そしてこのリズムを身につけるには、洗練された型の動きが必要だ。正しい動きのためには無駄な動作を排除し、生徒は全身全霊で技に集中しなければならない。肉体、心、精神の全てを連携して動きに集中することで、習得した技がもつ潜在的な力を最大限にまで引き出すことができる。

型を通じて、まずは先生から全身を使った正しい動作を習い、その後は自分で補正していくことができるだろう。体の動きを整え、心と精神と調和して動くことができれば、並外れた身体能力を習得することができる。

この身体能力には、様々な攻撃を想定し、一連の動作パターンを使って対戦することが必要である。マッスルメモリーや一定の動作を機械的に繰り返すといった単純なものではない。

また、型は実際に対戦することなく、攻撃と守備を脳内でイメージしながら練習を重ねることができる。これは、多くのアスリートが実際に行っている現代のビジュアライゼーショントレーニングのテクニックであり、習得した様々な型と洗練されたその動きを体に記憶させる効果がある。

実際に現代の神経科学では、低速度のニューロン活動を通じて、動作をイメージする時に働く脳の領域が、体を実際に動かす時に働く脳の領域と同じところを活動させていることが明らかとなっている。

意識的な面では、型のトレーニングをすると頭が冴え、様々な角度から物事を分析することができるようになる。それぞれの型において、攻撃と守備の二つの方面から動作を知ることで、攻撃者と守備者、両方の選手の心理を理解することができる。

それは複雑な問題を解決できる能力を向上することにつながり、攻撃に対してどのように防御すればいいのかが分かるようになる。型とは、動作を知り習得するだけでなく、型の動作一つひとつの目的を理解し、適切に相手に対応できるようになることが大切である。

この練習によって、脳内イメージを完璧に作り出し、攻撃者と守備者のつながりを理解することができる。正しく理解できれば、生徒は攻撃者と守備者は全く同一のものであると気付くだろう。

型の技術を理解する上で、両者を一つと考える練習は、陰陽という道教のシンボルに象徴されている。攻撃者と守備者の間の釣り合いがなければ、型にも自身の心にも調和を生み出すことはできない。これと同じことが、テコンドー、そして人生の全ての面に適用される。

また、全ての型の開始位置と終了位置は同じでなければならない。それは、完成形であり、さらには人の一生を象徴する。陰陽の象徴にまた話を戻すことになるが、陰陽の滴の二元性でなく陰陽を囲む円に着目したい。それは、カルマの概念と死の必然性に関連している。

また、型は、人生における困難と成就を表す。最終的に、生徒はその過程において、最高レベルの能力を発揮しながら、常に元来た場所へ戻るのである。型は、人生におけるその人の選択と影響力を表し、洗練された技術を通じて、生徒は自身に変化と進化をもたらすことができる。

初心者にとって、型の練習で大切なのは、一つひとつの技術の正しい流れを理解し、それらを正しく行うことである。前述した型についての事柄を意識的に捉えることは難しいであろう。

型に本来備わる象徴的意味に気付いたり、知的に理解したりすることはできないかもしれないが、生徒は型のトレーニングから恩恵を受けることができる。

時間が経つにつれて、肉体と心と精神を一つにすることができるであろう。型は、全ての技術を習得する以上に、肉体と心と精神の調和を生み出す。

※本記事は、2020年5月刊行の書籍『人の道 伝統的テコンドーの解釈』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。