騒ぎを聞きつけた教師たちが、脱いだジャケットや手にした(ほうき)で里美を襲っていたカラスを追い払った。ようやく身を起こした里美の後頭部からは、かなりの血が流れている。彼女の下には額から一筋の血を流して泣きじゃくる健太がいた。

「健太くん。もう大丈夫よ」

里美はハンカチで健太の額を押さえる。どうやらカラスではなく、転んだときに額をぶつけたかすり傷のようだ。

誰かが通報し、大げさに救急車と警官、市役所職員が続々と到着した。高取も駆けつけた。二羽のカラスは、ガーガーと吠えながら、ヒナの安否を気遣うように空中を旋回している。

翌日、校長室には黒岩健太の母、勝江の怒声が鳴り響いた。

「校長!どう責任をとるんですか!うちの子にこんな怪我を負わせて」

勝江の横には仰々(ぎょうぎょう)しく頭に包帯をぐるぐる巻きにした健太が座る。

「はあ。お母さま。なんともこのたびは申し訳ありません」

校長の設楽(しだら)はひたすら頭を下げる。設楽の両隣には頭に包帯を巻いた里美と、学年主任の畠山が座る。

「子供を守るのは学校の責任でしょー。何をやってるんですかぁ!」

「いやーお母さま。転んでできたかすり傷とはいえ、健太くんが校内で怪我したことに変わりはありません。申し訳ございません」

畠山が謝った。

「カッスリ傷とはなんですくぁ!」

「ははー」

部屋を揺るがす勝江の怒声に、校長と畠山は膝につくほど頭を下げた。

「だいいち、何でこんな非正規の教員をうちの子の担任にするのかっ」

「いや。お母さまそれは……」

「それもこれもありません。即刻代えなさい!責任感の薄い非正規だから見守りもいい加減でうちの子を守れないのよ」

「かあちゃん。高取先生は僕を守ってくれたよ」

健太はそう言ってから、暑いよ、と言って包帯をはずした。絆創膏を貼っただけの額が現れた。

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※本記事は、2022年3月刊行の書籍『濡羽色の朝』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。