彷徨

秀一は、旅に出た。北海道を皮切りに、秋田、金沢、群馬、広島、宮崎、愛媛、高知を回った。目的があって、訪れたわけではない。何かしら気が向いた地を回ったのだ。

北海道では、大地、高くて広い空、ジャガイモ畑の緑、秋田ではリンゴ畑を包み込む白い可憐な花と香り、金沢では城下町の風情が残る街並み、群馬では広大なキャベツ畑と清々しい風、広島では原爆の悲惨さを伝え続けながら世界平和を願う原爆ドーム、宮崎では、日本神話の舞台としても有名な高千穂峡の絶景が、それぞれ心に残った。四国に渡り愛媛では、夏目漱石の小説『坊ちゃん』の舞台で有名な街の散策、高知では、高校生が5分以内に即興で生けた花の出来栄えを競う「花いけバトル」の地区予選が、強く印象に残った。

秀一は、訪れたどの地でも、鮮やかに輝く自然や人々の営みに、そして歴史と伝統を直に触れることによって、深い感動を覚えていた。これまでに、こんなに心動くことがあっただろうか。秀一は、東京以外の土地で、再出発したいと考えるようになっていた。

何処に根をおろそうかと考える秀一は、テッポウユリやトルコキキョウの美しさに魅了されていることに気づいた。秀一は、高知で切り花と共に生きてみようと心に決めるのであった。

高知では、グロリオサ、ユリ、カスミソウ、トルコキキョウの切り花や洋ランなどが多品目にわたり栽培されている。

秀一が切り花を求めて生産者を尋ね歩いていると、ビニールハウスが並ぶ場所で、数人の老若男女が作業をしている。秀一は、少々躊躇いながら、しかし、勇気を出して、声をかけた。

「ハウスの中は花ですか?」

「おう、そうだよ」

同じ年頃の男性が、作業の手を止めて答えてくれた。

「あんたどこからきた、花に興味があるんか」

秀一は「東京から。切り花に関心があります」。作業をしていた他の人達も、珍しそうに秀一を見ている。

30過ぎの男がリュック背負って花に興味があるんだって、きもい、きもい、そう思われてるんだろうな。秀一は、わけもなく可笑しくなった。

「ハウスの中を見てみるか?」と男性に話しかけられた秀一は、胸の高鳴りを覚えた。ここは高知市の三里地区、もしかしたら世界に誇るあのグロリオサかもしれないと思ったからだ。そして、「グロリオサだ! 花びらがまるで炎のような形だ。花の色、凛とする立ち姿の美しさにも魂を奪われます」。秀一は興奮気味に言った。

秀一の様子をどこかおかしそうに見ていた男性は「あっちのハウスはトルコキキョウだ」と隣を指さした。それを聞いた秀一は、唐突に懇願していた。

「ここに置いてもらえませんか、あ、あの永井秀一です!」

男性は、一平と名乗り、自分の家に案内してくれることになった。

※本記事は、2022年11月刊行の書籍『MICHI』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。