「昨日は楽しかったみたいだね。すずさん。長い間待った甲斐があったね。良かった良かった」

ヒョナは洗い物をしながら手伝ってくれているすずに話しかけた。じゃがいもの皮を剥きながら、弘はすずに伝えた。

「ありがとうございます。ここまで来て良かったです。あとお父様に会って詫びないと」

「もういいよ。すず! 原因は俺たちなんだから。お前は十分苦しんだんだ。あまり気を病むな。おやじは入れ違いに日本へ行ったとすれば、もうすぐプサンへ帰って来るだろう。会ったらこの先どうするか話し合うことにしよう」

「そうねえ……」

「サンマンは可愛いかったなぁ。お前は連れて帰りたかったんじゃないのか?」

「少し思ったわ。でもユジンさんもお母様も立派な方々で、お家も裕福そうだったし、何よりサンマンが明るくて……環境は変わらないほうが良いかなって。私たちは日本で生活するのでしょう?」

「もちろんだよ。私も言葉は分かるが、二十年以上は軍のことしか知らないし、日本のほうが仕事もやりやすいと思うんだ。五十歳だから最後のチャンスかもな。だったら都会に出るのも良いと考えている」

エンジンの音がして止まった。ドアを閉める音。間なしに、

「こんにちは!」

あの声は聞き覚えがある。

「ハーイ!」とヒョナが迎えた。

「こちらに、椋木弘が厄介になっていると聞いたのだが……間違いないかね」

かなり上手なハングル語で問いかけていた。

「おやじだ。すず!」

弘は手伝いの手を止め、入口へ向かった。

「おやじ‼」老けた小男が一人立っていた。

「お前! 弘! 生きておったか」

これまた歳を取った中年の男に目が釘付けになっている。二人は肩を抱き合って無事を喜んだ。『この温もりだ。忘れていない』

【前回の記事を読む】「日付けが変わるまで語り合った」血は争えないと感じた親類たちとの出会い

※本記事は、2022年3月刊行の書籍『二つの墓標 完結編』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。