Chapter・3 歯車と選択

目を開けると、そこはとある部屋だった。なんだか、さっきまで読んでいたストーリーで想像した場所に似ている。傍らには、また例の絵描きセットがある。そして、あの黒猫が寝ている。

右手と正面に天井の高さまである本棚があり、びっしりと本が詰まっている。左手と後ろにはそれぞれ窓がある。

後ろの窓からは森が、左手の窓からは海が見えた。穏やかな海だ。窓からの風景が、まるで絵画のように思える。ほんのり香る潮風も心地いい。

「私もこんなふうに切り取った世界を描きたい」

ルーティンのように、スケッチブックと鉛筆を手に取る。

穏やかな気持ちで、鉛筆をステップさせる。

でも、なんだか違う。あぁでもない、こうでもないと、消しゴムで消す。描いては消して、消しては描いて。それでも、穏やかな気持ちで、手を止めずに消しゴムと鉛筆を踊らせる。とても心地いいリズムだ。

香りとリズムにつられたのか、黒猫が目を覚まして、消しゴムと鉛筆のウィンナワルツ(アップテンポなワルツのこと)を眺め出した。英語ではヴェニーズワルツと言うらしいが、私はウィンナワルツという言い方がなんとなく好きだ。

「君も描き終わったら、一緒に踊るかい?」

黒猫に冗談半分で、話しかけてみた。

「にゃー」

言葉が通じたのか、返事がきた。なんだか、微笑んでくれたような気がした。

今度は、水彩色鉛筆で色をつけていく。ワルツのリズムは乱れることなく、テンポ良く進んでいく。

筆が進むにつれ、ワルツのペースはだんだんとスローワルツへ変わっていき、華麗なラストを迎えた。

「できた……」

私は、黒猫へ視線を向ける。さて、終わりを迎えてすることと言えば、黒猫とのワルツだ。

「さて、黒猫ちゃん。一曲踊っていただけますか?」

手を差し出した。だがしかし、彼女(正確な性別はわからないが、ひとまず彼女と呼ぶことにする)は首を傾げたかと思うと、伸びをした。どうやら、通じていなかったらしい。

「初めて自分からダンスを誘ったのに……。まさか振られるとは……」

しかし、そこはやはり猫。我々人間が猫を妨げる権利はない。猫たちは自由に生きる生物なのだ。

踊ることを諦めて、本棚の背表紙群を眺めてみた。さまざまな国の本があるが、日本語もあった。そのひとつを取ってみた。『空想の世界〜夢と現実のはざま物語〜』というタイトルだった。空想という言葉に惹かれた。

九ページ目を開いてみる。どうやら、私のように夢がリアルな女性の話のようだ。少し読み進めると、なんだかデジャヴを感じた。

「結末まで読めば、この状況もわかるのでは?」

そう思い、続きを読もうとした矢先のことだった。

まばたきした瞬間、布団の中にいた。

【前回の記事を読む】明かされる謎「おじいさんは、なぜジグソーパズルを“空”と呼ぶの?」

※本記事は、2022年7月刊行の書籍『色えんぴつのワルツ』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。